Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【愛川欽也さんのケース(1)】高倉健も菅原文太も。最期まで仕事できた共通項

“キンキン”の愛称で親しまれた愛川欽也さん
“キンキン”の愛称で親しまれた愛川欽也さん(C)日刊ゲンダイ

 タレントの愛川欽也さんが今年4月、肺がんのため80歳で亡くなりました。“キンキン”の愛称で親しまれた「マルチタレント」で、俳優、声優、ラジオパーソナリティー、エッセイスト、司会者と幅広く活躍。3月7日(収録は2月4日)の放送を最後に、20年間にわたって1000回の司会を務めた人気番組「出没!アド街ック天国」を降板してから、わずか1カ月後の訃報でした。

 一部報道では、「急死」と伝えられましたが、誤解です。たしかに、亡くなる2カ月余り前まで、元気に司会を務めていたわけですから、急病のように思われるかもしれません。しかし、治療法次第で、がんは亡くなる直前まで、ほぼ普通の生活を送ることができる病気です。

 愛川さんの肺がんは、全身に転移していたようですが、末期がんを抱えながらテレビで活躍したのは、愛川さんだけではありません。

 平成22年、胆のうがんで亡くなった元日本ハム監督の大沢啓二さんは、私の患者さんでした。78歳で亡くなる直前まで、テレビに出演され、「あっぱれ!」「喝!」と大声を出されていたのが印象に残っています。共演者の方々も、大沢さんが末期がんだとは気づかなかったそうです。

 昨年11月、高倉健さん(享年83)、菅原文太さん(享年81)という日本を代表する銀幕のスターがこの世を去りました。健さんは悪性リンパ腫(リンパ組織の悪性腫瘍)で、文太さんは膀胱がんでした。

 お2人とも最晩年までお元気で若々しく、とても80代とは思えませんでした。戦後の日本人の生活習慣はほぼ理想的で、体は年齢以上に若くなっています。しかし、がんは遺伝子の「経年変化」と言える病気ですから、どんなに若々しくても、年齢とともにそのリスクが急増します。日本は猛スピードで高齢化が進んでいますから、今後も若くて元気な高齢者に、がんが増えることは間違いありません。

 さて、健さんも文太さんも、亡くなる数週間前まで普段と同じような生活をされたと聞いています。とくに、文太さんには、膀胱がんの陽子線治療をお勧めしたご縁もあり、昨年10月に食事に誘っていただきました。痩せてはおられましたが、背筋を正して食事をされていた姿がいまも目に浮かんできます。

 このように、亡くなる直前まで元気に生活されていたのはキンキンだけではないのです。大沢親分も、健さんも文太さんもそうでした。しかも皆さん高齢です。その点から考えると、悲痛な記者会見から1カ月で亡くなった俳優の今井雅之さんは対照的です。享年54とまだまだ働き盛りでした。

 元気に仕事ができた3人の高齢がん患者さんに共通するのは、末期になってから負担の大きな抗がん剤治療を受けなかったこと。今井さんのように抗がん剤の副作用で痩せ、痛みに苦しむようになると、死期が近くなり、寿命を縮める結果になることさえあります。

 ときには、体への負担が大きい治療をせず、がんと闘わないことが、ベストな戦術となることもあるといえます。

中川恵一・東大医学部付属病院放射線科准教授

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。