天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

いきなり手術が必要なケースは少ない

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ


 昨年末に僧帽弁閉鎖不全症と診断され、経過観察中です。しかし、いつ発作が起こるか不安なので、すぐに手術を受けた方がいいのではないかと考えています。まだ手術は受けない方がいいのでしょうか。(75歳・女性)


 心臓にトラブルがあると診断され、心臓エコーやCTなどで素人目にもわかる異常な部分を指摘されると、「すぐにでも命に関わるような事態を招くのではないか……」と不安に思う患者さんはたくさんいます。

 しかし、心臓病は多くの場合、いきなり手術や高度な治療を行う必要性は少ないといえます。病変があったとしても、心臓自体の機能を損なう場合や、胸痛、息切れ、動悸といった自覚症状が出て生活に支障を来すまでは“待てる”ことが多く、定期的な再検査や投薬などの初期治療で、ワンクッション置ける“余裕”があるケースがほとんどです。まずは経過観察をして、自覚症状が出てきたら手術を検討するものだと考えていいでしょう。

 患者さんの中には、「不安を抱えたまま生活を続けるくらいなら、手術で一気に治したい」と考える方もいらっしゃいます。しかし、手術中のリスクは少ないながらもありますし、術後に合併症を起こすこともあります。そういった手術を受けたことによって生じるリスクを考慮すると、病状が進行した状況でなければ、手術適応にはならない場合がほとんどです。

 それでも、「不安だから、とりあえず手術したい」という患者さんが増えてきていることで、まだ手術をする必要がない早期の段階で、手術を行う病院が増えてきています。しかし、これは合併症などのリスクを上げることにつながり、患者さんにとっては大きなマイナスです。

 最近も、段階を踏まずに手術を受けた患者さんが、思わぬ有害事象に見舞われたケースがあります。

 定期健診で「大動脈が通常より太いから、大動脈瘤の疑いがある」と指摘された患者さんが、ある大学病院を受診したところ「すぐに手術した方がいい」と勧められ、言われるがまま手術を受けました。しかし、術後に傷口での院内感染を引き起こす「MRSA」に感染。取り換えた心臓の弁も外れてしまって、結局、当院で再手術することになったのです。

 通常なら、ひとまず自覚症状が出るまでは経過観察で様子を見る段階でした。まだ必要のない手術を受けたことが、深刻なトラブルを招いてしまったのです。

 もちろん、中にはすぐに手術が必要な心臓病もあります。解離性大動脈瘤(大動脈解離)、重症の大動脈弁狭窄症、虚血性心疾患の左冠動脈主幹部病変の3つが代表的なもので、いずれも突然死する恐れがある病気です。これらの病気が見つかった場合、だいたい1カ月以内に手術が行われます。

 上記以外の心臓病でも、手術以外の方法では病状が悪化の一途をたどる患者さんは手術を受けた方がいいでしょう。利尿剤や強心剤を使っても、どんどん悪化してしまうようなケースです。

 また、患者さんの生活の背景によっては、早めに手術を受けた方がいい場合もあります。飛行機などを使った移動が多い仕事をしているなど、心臓に負荷がかかりやすい環境で生活している人がそれに当たります。

 このように、心臓病で早期に手術が必要になるのは、特殊なケースだと考えていいでしょう。心臓にトラブルが発覚しても、丁寧に病状を見ることができる患者さんであれば、まずは経過観察で問題はありません。

 医師から丁寧に病気の説明をしてもらい、「病状は安定しているから心配はいらない」と納得して治療に臨むことが、患者さんにとっていちばん良い選択だといえます。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。