天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ペースメーカーのリード断裂は珍しいトラブルではない


 洞不全症候群という不整脈のため、15年前にペースメーカーを埋め込みました。その後、電池の消耗などで何度か交換し、今年3月には4回目の入れ替えを行いました。その際、担当医から「2本あるリード(導線)のうちの1本が切れかかっている」と指摘され、2個目のペースメーカー埋め込みが検討されています。やはり再手術を受けなければならないのでしょうか。(86歳・女性)


 ペースメーカーは、脈が遅くなったときに作動して心筋に電気刺激を送り、心臓が正常に収縮するようにサポートする装置です。洞不全症候群など慢性的に脈が遅くなる徐脈の患者さんに対し、内科医によって埋め込み手術が行われます。
 電子回路とリチウム電池が収まった本体、電気信号を伝えるリードによって構成され、リードは鎖骨下の静脈から挿入して心房や心室に留置し、本体は鎖骨の下あたりに埋め込みます。

 電池の寿命は、かつては5年程度でしたが、最近は7~10年はもつようになりました。ご質問のように15年間で4回の入れ替えを行っているとなると、おそらくリードのトラブルによるものだと考えられます。

 リードは非常に細いので、単に1本の導線のみでは心臓の拍動による影響ですぐに傷んでしまいます。そのため、細い線をらせん状にして強度を高め、外側をシリコーン製の絶縁体で覆ってあります。リードが2本ある双極タイプは、そのリードの外側に2本目のリードをらせん状に巻き、さらにシリコーンで覆ったものが一般的です。

 ペースメーカーを埋め込む際、リードを固定するために糸をギュッと締め過ぎるとリードを覆ったシリコーンが破れ、そこから血液がジワジワ浸入して金属製のリードが腐食してしまい、機能しなくなるケースがあります。また、2本のリードの間にあるシリコーンの量や材質に問題があると、リードがショートしてアッという間に電池が消耗してしまいます。かつては、断裂しやすいリードを使っているメーカーもありました。

 患者さんの体形によって、リードが断裂しやすくなる場合もあります。とりわけ、リードを挿入する第1肋骨と鎖骨の隙間が狭い患者さんは、腕を動かすたびにリードがこすれてシリコーンが破れ、リードが腐食したり断裂しやすくなるのです。

 ただ、リードが1本切れかかっているからといって、すぐにペースメーカーを埋め込む再手術をする必要はありません。2本あるリードのうち1本でもしっかり働いていれば、ペースメーカーの機能は維持できます。いま受診している病院で経過観察を続け、様子を見ながら対応を考えていくのがいいのではないでしょうか。

 ペースメーカーの埋め込みによるトラブルで最悪なケースは「ペースメーカー感染」です。ペースメーカーを埋め込んだ場所が黄色ブドウ球菌などの細菌に感染し、埋め込んだ付近の皮膚が赤くなったり、膿が漏れ出てきたり、ペースメーカーが皮膚を突き破って露出してしまう場合もあります。また、心臓につながっているリード部分に感染が起こると、感染性心内膜炎や敗血症といった深刻な合併症を招く危険もあります。

 ペースメーカーを入れ替える手術の回数が多ければ、それだけ感染を起こす可能性もアップするということになります。しかし、これまで4回の入れ替えを行って、そうしたペースメーカー感染が起こっていないということは、手術そのもののクオリティーは問題ないと考えていいでしょう。

 100歳を越えても、問題なくペースメーカーを入れ替えた患者さんもいます。焦って判断せず、担当医としっかり相談してください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。