天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

先天性心疾患の手術痕が不整脈の原因


 5歳の頃に心室中隔欠損症の手術を受け、完治してからはずっと問題ありませんでした。しかし、40歳を越えてから、息切れや動悸などの症状が出始めています。しっかり治療したほうがいいでしょうか。(41歳・男性)


 生まれつき心臓に異常がある病気を「先天性心疾患」と呼んでいます。たくさんの種類があり、ほとんど治療をしないで治るものもありますが、手術が必要になるケースも少なくありません。

 先天性心疾患の中で、比較的頻度の多いものは、「心室中隔欠損症」(心臓の中の左心室と右心室の仕切りに穴が開いている)、「心房中隔欠損症」(心臓の中の左心房と右心房の間の仕切りに穴が開いている)、「肺動脈狭窄症」(心臓と肺をつなぐ肺動脈が狭くなっている)、「動脈管開存症」(生まれてすぐに閉じるはずの動脈管が開いたままになっている)、「ファロー四徴症」(心室中隔欠損症、肺動脈狭窄症、大動脈右方転位、右心室肥大の4つが合併している)といった病気です。

 遺伝とはほとんど関係がなく、年間約1万人、100人に1人の割合で、こうした先天性心疾患を持った赤ちゃんが生まれています。

 それでも先天性心疾患の分野において、日本は世界でもトップレベルの治療成績をあげているため、幼い頃に手術を受け、その後は長期にわたって何の問題もなく生活を続けられる人がたくさんいるのです。

 ただし、先天性心疾患で手術を受けたことがある人は、加齢とともに不整脈や弁膜症などの新たな心臓病が出現することが知られています。個々の状態によって異なりますが、新生児期(生後28日以内)から学童期(生後6~12年)ぐらいまでの時期に手術を受けた人は、術後30年くらい経って血圧の負荷が増える年齢になると、不整脈を起こしやすくなり、軽度の弁膜症も重症化するのです。

 特に不整脈については、子供の頃に受けた手術がかなり関係しています。先天性心疾患の手術は、心房からアプローチする場合がほとんどです。まず心房にメスを入れ、病変部を処置してから縫合します。切ってから縫い合わせるということは「痕が残る」ということです。心房を縫った箇所はかさぶたが残ったような状態になり、そこがいずれ不整脈の原因になるのです。

 これまでの経験から、左心房の天井部分にメスを入れると、いずれ不整脈を起こしやすくなるといえます。心臓弁膜症の手術として行われている僧帽弁形成術などでも、かつては天井部分を切るケースが多い時代がありました。左心房は弁のある場所に近いため、天井部分を切ると見やすく処置もしやすくなるからです。

 しかし、これはかなりの確率で心房細動やペースメーカーが必要となる不整脈が術後に出ることがわかっています。そのため、私はそこを外した場所にメスを入れます。ただし、そうした処置が徹底されていないケースもありますし、縫った痕はどうしても残ります。

 手術を受けた後、定期的に医療機関の受診を続けていれば、異常が表れてもすぐに気づくことができますが、子供の頃に手術を受けた人は、一定期間を過ぎると「もう通院しなくて大丈夫」といわれ、病院と完全に疎遠になってしまっているケースが多く見られます。

 それが、年をとってからあるとき急に不整脈を起こし、最悪の場合は突然死を招くこともあるので注意が必要です。

 先天性心疾患の既往があれば、30代半ばを過ぎたら、定期的に医療機関を受診したほうがいいでしょう。もともとの病気に関しては問題がなくても、手術による後遺症や影響はなくなったわけではないのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。