天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

不整脈の治療は「生活の質」が落ちたと感じてから


 健康診断で、不整脈を指摘されました。まだ自覚症状はありませんが、すぐに治療を受けたほうがいいのでしょうか。(60歳・男性)


 心臓は心筋に電気が流れることによって興奮し、リズミカルに収縮を繰り返しています。この心拍動の規則性が乱れるのが不整脈です。心臓の収縮回数が多くて異常に速い「頻脈」や、逆に脈が少なく遅い「徐脈」、規則正しい脈拍の中にひとつ早く収縮が起こる「期外収縮」といったタイプがあります。

 不整脈は気にしなくても問題ないケースが多く、むやみに怖がる必要はありません。ただ、中には放置しておくと危険なタイプもあります。日常生活の中で、動悸、息切れ、力が入らないといった自覚症状を感じたら、循環器内科を受診し、危険な不整脈の兆候なのかどうか、治療が必要な状態なのかどうかを調べてもらってください。

 最も危ない不整脈といわれているのが心室細動です。心室と呼ばれる心臓の下の部分から不整脈が発生する病気で、心臓突然死の70~80%は心室細動が原因とみられています。先天性の遺伝子異常が原因の場合もありますが、心臓に異常がない健康な人でも、脱水、栄養障害、腎臓障害などが引き金になるケースもあります。

 ただ、心室細動で突然死した人は、倒れる前に急に脈が速くなったり、一瞬強く打ったり止まったりするような期外収縮や、激しい動悸などの自覚症状があった人も多いといわれています。日常生活の中で、そうした自覚症状を感じたら、きちんと受診しておいたほうがいいでしょう。

 近年、増えてきている心房細動にも注意が必要です。心臓の上の部分にある心房の収縮が極端に速くなる病気で、心臓が細かく不規則に1分間に250回以上も収縮を繰り返します。心房細動が長期間続くと心臓内で血栓ができやすくなり、それが脳に飛んで脳梗塞を引き起こすケースがあるのです。

 いちばん厄介なのが、心臓の働きが落ちて低左心機能という状態になってから起こる心房細動です。この場合、かなりの確率で血液がよどむので、放置すれば脳梗塞が起こりやすくなります。

 また、最近は高血圧や糖尿病などの生活習慣病が原因の心房細動が増えています。そうした病気によって、普段から心臓に負担がかかっているのです。

 心房細動になると、心拍出量が正常な脈拍の2~3割程度落ちるといわれています。動悸、息切れ、思ったように体が動かせなくなるなどの自覚症状があれば、循環器内科を受診してください。

 もうひとつ、睡眠時無呼吸症候群(SAS)による不整脈も増えてきています。夜、寝ている間に何回も呼吸が止まる病気で、心臓、脳、血管に大きな負担をかけます。そのため、昼間に心房細動が起こりやすくなるのです。

 SASの傾向があると指摘されていて、昼間に動悸がある、疲れやすい、脈が速くて息が切れるといった症状がある場合は、まずSASの治療が必要です。就寝する際、鼻にマスクを装着して空気を送り込むCPAP(シーパップ)という治療を行うと、昼間の動悸が治まって、症状が落ち着くケースが多くみられます。すでに不整脈などの症状が出ているSAS患者さんの中には、CPAPがないと怖くて旅行も出張もできないという人もいるほどです。

 自覚症状によって日常生活の質が落ちたと感じた時が、不整脈の治療を始めるタイミングになります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。