天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

複数の「弁」を同時に手術するとこもできる

 心筋梗塞や狭心症などの「虚血性心疾患」と同じくらい患者さんが多い心臓病が「弁膜症」です。

 心臓の中で、血液が効率よく一方通行で流れるように調整している「弁」がうまく働かなくなる病気です。心臓には、僧帽弁、大動脈弁、三尖弁、肺動脈弁の4つの弁があります。そのすべての弁において、きちんと弁が閉じなくなって血液の逆流や漏れが生じる「閉鎖不全症」と、弁が開かずに血液の流れが悪くなる「狭窄症」が起こります。

 近年は、食生活の欧米化や高齢化社会が進んだ影響で、動脈硬化によって起こる大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症の患者さんが増えてきています。中でも、大動脈弁狭窄症は、突然死する可能性もあるので注意が必要です。

 弁膜症の治療は、症状の程度や、どこの弁に異常が起こったかによって変わってきますが、薬物療法だけでは症状が改善しなかったり、カテーテル治療の対象になっている僧帽弁狭窄症(心臓内に血栓がないか、逆流があってもごく軽度)以外の患者さんの場合、手術を考えます。いまは2つ、あるいは3つの弁を同時に手術したり、冠動脈バイパス手術と一緒に手術を行うケースもあります。

 最近、かつて冠動脈バイパス手術を行った50代の患者さんの再手術を行いました。1度目の手術時は問題がなく、バイパス手術を行わなかった血管が詰まって心不全を発症し、その際に僧帽弁閉鎖不全症を起こして血液の逆流が生じていました。さらに大動脈弁狭窄症も進んでいて、「これはうかつに手を出せないかもしれない」と思わせるほど深刻な状態でした。

 かなり慎重に構えながら手術に臨み、僧帽弁は患者さん自身の弁を修理する「弁形成術」、大動脈弁は人工弁に取り換える「弁置換術」を行い、さらに新たな冠動脈バイパス手術を同時に行いました。いつ倒れてもおかしくない状態の患者さんでしたが、いまはすっかり元気に回復されています。

 そもそも、心臓の弁としてベストなものは言うまでもなく正常な弁で、次にいいのがうまく修理した自分の弁です。これを人工弁に取り換えると、劣化による再手術が必要になったり、術後に血栓をできにくくする薬を毎日飲み続けなければいけません。患者さんの負担を少しでも減らすため、われわれ心臓外科医はできるだけ弁置換術をしないで済むように努力しています。

 ただ、弁形成術はすべての弁膜症で行えるわけではありません。僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症の患者さんに対して行われるのが一般的です。弁自体が細菌に感染していたり、弁が石灰化してガチガチに硬くなっているような場合などは、弁置換術の方が適しているケースがあります。弁膜症の手術を受ける際には、担当医とよく相談してから選択をする必要があります。

 また、弁形成術は心臓手術の中でも技術的に難しいもののひとつで、外科医の経験によって大きな差が出てきます。そのため、弁を温存できる状態なのに、安易に弁置換術を選ぶ病院もあります。僧帽弁閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症、三尖弁閉鎖不全症の人で、感染や石灰化の問題がないのに弁置換術を勧められた場合、他の病院で本当に弁形成術ができないかどうかセカンドオピニオンを受けることをお勧めします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。