天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

深夜の緊急手術で解離性大動脈瘤に対応

 前回の「虚血性心疾患」に続き、今回はこのところ増えてきている「大動脈疾患」を取り上げます。

 大動脈は体の中で最も太い血管(直径2~3センチ)で、心臓から全身に血液を送り出す重要な役割を担っています。動脈硬化や外傷によって、その大動脈の一部が膨らんで“こぶ”のようになってくる病気が大動脈瘤です。食生活の欧米化や高齢化社会の進展により、近年は患者さんが増えています。

 こぶがそれほど大きくなければ問題ありませんが、急激に膨らんで破裂すれば、命取りになる可能性が高いのです。破裂した場合、助かる確率が2割程度しかありません。

 こぶの形とでき方によって、「真性」「仮性」「解離性」の3つのタイプがあり、中でも危険なものが「解離性大動脈瘤」(大動脈解離)です。何の前触れもなく、いきなり血管が裂けて解離し、1度目の発症で突然死するケースも少なくありません。去年の12月には、歌手の大滝詠一さんがこの病気で亡くなっています。

 急性期にはこぶができないこともあり、突然、血管が裂けて激痛が走ったあと全身に痛みが移行するケースが多いので、心臓に近い部分では緊急手術になる場合がほとんどです。先日も、深夜に解離性大動脈瘤の患者さんが運び込まれ、緊急手術を行いました。

 その日は、久しぶりに自宅で家族そろって食事をしてから眠っていたのですが、深夜1時30分過ぎに携帯電話が鳴り、「40歳の男性が解離性大動脈瘤で救急搬送された」と連絡がありました。すぐに緊急手術の準備を指示して病院に駆けつけ、手術に臨みました。

 患者さんは、首のあたりで3本の血管が分枝している「弓部」の動脈の内膜がズバーッと裂けて解離している状態で、裂けた血管をすべて外して人工血管に取り換える「人工血管置換術」を行いました。

 今回の患者さんのように裂けた部分が心臓から遠いところだった場合、民間病院では、まず破裂したら命取りになる心臓に近い部分の動脈を取り換えるだけにしておき、解離している部分はそのまま残して後から再手術を行うケースが一般的です。

 しかし、患者さんはまだ40歳と若かったこともあり、再手術しなくても済むようにほぼ完璧に何の憂いもない状態に処置しました。これから40年、80歳ぐらいまでは何の問題もないでしょう。

 今回のような緊急手術ではない場合も、解離性大動脈瘤の手術は基本的に同じ人工血管置換術を行います。血管が解離して薄くなってしまった部分は、いつ破裂するか分からないリスクがあります。もし、心臓に近い側で破裂すれば拳銃で撃たれるのと同じことで、一発でアウトです。

 それを避けるために解離した血管を外して取り換える人工血管は化学繊維でできていて、拒絶反応が起こる心配はありません。最近の人工血管は耐久性もあり、数十年は劣化しないようになりました。

 人間には、体内の細胞が増殖し、損傷された組織を元通りに修復する機転があります。そうした体のシステムがいちばん効率よく行えるような形に人工血管を配置したうえで、適度の安静を保っていれば徐々に治癒していきます。最近は、CT(コンピューター断層撮影)などの医療機器の進歩によって、どこに人工血管を置き換えればいいかをかなりの精度で見極められるようになりました。

 ただし、大動脈疾患は手術が成功しても、それで安心というわけではありません。喫煙者なら禁煙するなど生活習慣を改善し、血圧や糖尿の管理も重要になります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。