天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

手術の賞味期限をいかに延ばすか

 私が心臓の手術を手掛け始めたのは、今から25年ほど前になります。当時と比べ、今の心臓手術が大きく進歩した点が「耐久性」です。

 人工弁などの人工材料もそうですし、バイパス手術の時に患者さんの体から採取して使う血管も、なるべく長期に耐えうるものを使用するようになりました。

 かつての心臓手術には“賞味期限”がありました。とりわけバイパス手術は、1度目の手術を受けたあと、どこかのタイミングで必ず再手術や再治療が必要でした。当時は「助かってなんぼ」というようなところがあり、その時さえ乗り越えられればヨシとされていたのです。

 しかし現在は、一度手術を受ければかなり長期間もつようになり、再手術や再治療のリスクを大幅に減らすような計画的な手術ができるようになりました。事前の検査の進歩や、手術経験の積み重ねによって、それが可能になったのです。

 今年の6月、6年前に冠動脈バイパス手術を受けた50代後半の女性患者の再手術をしました。その女性は、最初の手術の時、長もちするとされている左内胸動脈と左足の静脈が、バイパスの血管として使用されていました。

 バイパス手術に最適な血管が使われてしまっている状況の中、今回の再手術では、右側の内胸動脈と、腹部にある胃大網動脈を使いました。なるべく長期間もつ血管を選択した結果です。

 もし、手術経験が少ない医師や、欧米の病院なら、胃大網動脈は絶対に使われなかったでしょう。おそらく、残っている右足の静脈を使っていたはずです。しかし、足の静脈は“賞味期限”が短く、早い段階で傷んできます。心臓に血流を送る血管としては、本来の血管よりも先に機能しなくなることが今では常識になっているのです。

 かつては、足の静脈がどれぐらい長くもつかというエビデンスもなく、「いちばん安全で簡単に使える血管だから」という理由で使われていました。それが現在は、「足の静脈の耐久性は13~15年」というしっかりしたデータが出ています。

 そうしたエビデンスに基づき、いかに“賞味期限”が短い血管を使わないように避けるか。将来的に血管が傷んだとしても、いかに心臓全体に影響を及ぼさない場所に使うか。そうしたリスクを考慮しながら組み立てていくのが今の心臓手術なのです。

 手術の際は、まず「この患者さんはこのぐらいの手術時間なら耐えられるだろう」という見込みを立て、次に「その時間内でどのぐらい効果的なことができるか」を計画し、その次に「その時点で考えられる最も妥当な材料(血管)」を選択していきます。

 25年前のような「とにかくその場で助けられればいい」という手術ではなく、患者さんのこれからの人生が先詰まりにならないようにリスクをしっかり測りながら、年齢や性別から考えられる平均余命以上を獲得できる手術をしていく。

 これが、現在の心臓手術で大事なことなのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。