介護の現場

特別養護老人ホームに優先入居する方法

 自宅介護の必要性に迫られたとき、伴侶か子どもは、会社勤めを放棄しなければならないケースが少なくない。だが、その逆もある。

 東京・板橋区内に住む派遣業、笹本喜一さん(仮名、63歳)は、2年前に30年間勤務したトラック配送会社を定年退職。現在は派遣会社に登録し、週に3日ほど中距離トラックの運転手をしている。

「会社を辞めてからつくづく思ったのですが、介護というのは大変な作業でした。妻が毎日のように愚痴をこぼしていたことが理解できましたね」

 笹本さんには、同居している80歳を過ぎた母親、富さん(仮名)がいる。

 富さんは40歳の頃から糖尿病に苦しみ、80歳近くになって、合併症のため両目の視力がほとんどなくなっていた。

 それでも、トイレには壁伝いに一人で行っていたが、時々、用便の落としどころを間違えてしまう。

 やがて、歩行困難、排泄、食事、入浴、脱衣の補助まで妻の介護が必要になった。深夜でも、「トイレ!」の大声で起こされる24時間の介護態勢である。

「お父さん、私はもう限界よ。義母さんを老人ホームに入れましょう」

 妻の要求に対し、笹本さんは自分の母親という負い目もあって、自宅から10キロ程度にある老人ホームを探し始めた。

 有料老人ホームはすぐに見つかった。だが、笹本さんの年金ではとても賄えない。所轄の区役所などに連絡し、「特別養護老人ホーム」の情報を集めた。

 富さんは年齢的に問題なく、「要介護5」の認定も受けている。入所の資格は十分だったが、どこの特養ホームを訪ねても20人、30人待ち、あるいは1年待ちという返事だった。

 途方に暮れた笹本さんに、アルバイト先の同僚がこんな体験済みの知恵を与えてくれた。

「どこの特養だって満杯ですよ。ただ、優先順位というのがありますから、このあたりを考えてはどうですか」

 特別養護老人ホームの入居優先順位は、だいたい7段階ぐらいに分かれている。

 優先のトップは「家族が介護放棄、あるいは虐待等の疑いがある場合」、2番目は「一人暮らし」と続く。

 ただ、いくらなんでも母親を虐待するわけにはいかない。笹本さんは優先順位の6番目にある「家族が入所の必要性を強く訴える」に注目した。

 笹本さんの妻は、義母をデイケアセンターに送る一方、スーパーマーケットのパートに出た。

「住宅ローンの支払いがまだ少し残っているし、交通事故を起こした子どもの生活も面倒見なければなりません。義母の介護費も大変で、主人の年金だけでは家計のやりくりができません。しかたなくパートで働きに出ました」

 笹本さんは生活の内情をこう強く訴え、もはや一日中の介護が不可能になったという理由で、ようやく特別養護老人ホーム入居の最優先順位を得ることができた。相部屋で、月額約8万円の支払い。

「妻は〈介護をしているより、パートで働いているほうがはるかに楽〉と言ってますよ」

 笹本さんは安堵の表情を浮かべた。