介護の現場

故郷の両親を呼び寄せ「高専賃」に 費用は1人17万円

「両親を説得するまでかれこれ3年もかかったでしょうか」

 こう口を開くのは、東京・豊島区内で飲食店を経営している日下義美さん(58歳=仮名)。香川県高松市生まれで、3人きょうだいの長男である。2人の姉も東京に住み、高松市郊外の自宅には、年老いた両親が住んでいた。

 団体職員だった父は定年退職後、母と2人で仲良く暮らしていた。ところが80歳を過ぎた頃から、息子、娘たちの自宅に頻繁に電話をかけるようになる。

「『運転免許証を返却したのでもう車に乗れない』とか『買い物が大変』『体調が悪い、がんにかかったかもしれない』『台風で屋根瓦が飛んだ』など……。とにかく日常生活の不便さを訴えるようになったのです」

 かといって、「一緒に住んで欲しい」「実家に戻って来られないか?」と口にするわけでもない。ただ、異変を感じた子供たちは交代で半年に1回、東京―高松を往復し、遠距離介護をしていた。

「半年に1回といっても旅費は大変。それで両親を東京に呼び寄せて同居を考えました」

 だが、両親のうち、とくに母親が「東京なんかに住みたくない。友達と別れるのがいやだ」と、首を縦に振らない。

 83歳になって、父親のほうが少しボケの症状が始まった。湯を沸かしているときに火を止め忘れ、ヤカンを3個もダメにした。火事でも出されたら大変である。日下さんは、もう強引に両親を東京に連れて来ようと決断した。だが、きょうだい3人の中で、両親の面倒を誰が見るかで悩んでしまう。

 長女夫婦は共働き。住居が狭く、両親が暮らせるスペースがない。次女はもとより両親と折り合いが悪かった。

 長男の日下さんが適任者だったが、虚弱体質の妻が渋った。

 日下さんは、介護専門誌などから情報を得て、両親を埼玉県下の旧「高齢者専用賃貸住宅(高専賃)」に入居させた。

 部屋はバリアフリー(段差のない床、手すり、車椅子も可)で、緊急通報装置も備わっていた。介護の有資格者が常駐していて、「安否確認」や「生活相談」もしてくれる。

 別料金になるが、入居者や家族の希望によって訪問サービス(買い物手伝い、掃除、洗濯)や介護サービス(入浴の手伝い、病院への付き添いなど)も受けられるという。

「幸い、両親は介護までは必要ないのですが、それでも金額は1人当たり、住居費が7万円、1日3食の食事代が5万円ぐらい。ほかに雑費が5万円程度ですから、月に17万~18万円の負担になります」

 しかし、東京近郊に住んでも、両親からは相変わらず息子、娘に小言の電話がかかってきて、やはり交代で1カ月に1回、両親のご機嫌をうかがいに行く。

「両親をこちらに連れてきて少しホッとしていますが、問題は高松の自宅です。地元の不動産屋に売却をお願いしていますが、場所が市中心部から離れているために買い手がなかなか見つかりませんね。老朽を防ぐために1年に1回、自宅を訪ねて窓の開け閉めをしています」

 日下さんきょうだいにとって、両親の介護はこれからが本番である。