医療用語基礎知識

【がんの年齢調整死亡率】1960年代から減少傾向へ

 前回、年齢調整罹患率でみると、がんにかかるリスクは横ばい、ないし減少傾向にあることをお話ししました。では、死亡数や死亡率はどうでしょうか。

 いうまでもなく、がんで亡くなる人の数は増え続けています。2000年に29万5000人だったのが、2013年には36万5000人に達しています。しかし、高齢化が進んだ結果、がん以外で亡くなる人も急増しているのです。そこで全ての死に占めるがん死の割合を調べてみると、ずっと30%前後で推移してきたことが分かります。むしろ最近では少し下がりつつあり、2013年には28%になっていました。

 報道などを見ると、がん死だけが際立って増えているような印象を受けますが、それは単なる錯覚にすぎません。厚生労働省や生命保険会社は「3人に1人はがんで亡くなる」と言っていますが、少し大げさ過ぎます。むしろ数年後には、「4人に1人」と言い直すことになりそうな情勢です。

 人口10万人当たりのがんによる死亡率は230・3人(2013年)。これも毎年じわじわと上昇していますが、やはり全死亡率そのものが上昇しているため、全体に占める割合は、横ばいから減少傾向にあります。

 肝心の年齢調整死亡率はどうでしょう。1985年を基準にして、人口構成が当時と同じ割合になるように補正をかけた死亡率です。

 国立がん研究センターが公開している資料によれば、「全がんの年齢調整死亡率は、男女とも1990年代後半から減少傾向にある」そうです。しかも75歳未満に限ってみれば、「男女とも1960年代から減少傾向にある」ということです。つまり老いも若きも、がんで死ぬ確率は減り続けているのです。

 部位別にみても、ほとんどのがんで年齢調整死亡率が低下しています。上昇しているのは膵臓がん(男女とも)と、子宮がんのみです。とくに胃がんの数字は、1960年代と比較すると、4分の1から5分の1と著しく下がりました。もちろんいまでも胃がんで亡くなる人は大勢いますが、かつて国民病と呼ばれて恐れられていた頃の勢いは、すっかり影を潜めてしまったようです。

 がんの研究や検診には、毎年莫大な税金がつぎ込まれているのですから、これくらいの成果は出て当たり前と言えるかもしれません。とはいえ、日本以外の先進諸国でも、同じようにがんの年齢調整死亡率は低下する傾向にありますから、日本の研究者や医師たちが特に頑張った結果、とは言えません。

 それに、いまや医学研究においては、がんは時代遅れ。世界の研究者の関心は認知症や精神疾患、そして老化そのものに移りつつあるのです。そろそろ我々も頭を切り替えるべきかもしれません。
(医療ジャーナリスト・やなぎひさし)

やなぎひさし

やなぎひさし

国立大学理工学部卒。医療機器メーカーの勤務を経てフリーへ。医療コンサルタントとして、主に医療IT企業のマーケティング支援を行っている。中国の医療事情に詳しい。