医療用語基礎知識

【血圧の基準値】科学的論争でなく利権闘争ではないか?

 血圧の基準値は、140/90未満です。この水準を超えると、高血圧と診断されます。ただし下が90未満でも、安心してはいけません。その場合でも、上が140以上あれば、「収縮期高血圧」と診断されてしまいます。

 以前はずっと緩い基準でした。1987年に厚生省が定めた基準では、上が180未満、下が100未満なら、正常値とされていました。当然、患者数も少なく、約160万人と推定されていました。

 しかしその後、日本高血圧学会が中心となって基準の見直しを進め、段階的に今日の数字に改められてきたのです。基準が改まるたびに、「患者」数も増え、現在では4300万人と推定されています。日本人の3人に1人は高血圧、ということです。

 診断基準だけでなく、血圧を下げるうえでの目標値も決められています。現役世代では、130/85未満に下げる努力をせよと言っています。糖尿病患者では、さらに厳しく、130/80まで下げよ、そして上が140を超えたら、ただちに投薬を開始せよ、と定められています。これを真に受けて、140でいきなり降圧剤を処方するマニュアル医者も増えています。

 ところが昨年の春、そんな高血圧学会の横面をひっぱたくような発表が、日本人間ドック学会から飛び出してきたのです。健保組合連合会と共同で、人間ドック受診者のデータを解析し、「147/94未満なら正常」と結論づけたのでした。

「血圧の基準、緩和か」とマスコミが一斉に報じたので、高血圧学会としても黙っているわけにはいきません。ただちに声明を発表し、「高血圧の基準は世界的にも140/90だ」との主張を展開しています。それだけでは足りないとみて、人間ドック学会の147/94の数字に大きなバツ印を付け、「世界基準・140/90mmHg」と大書した患者向けパンフレットを、病院や診療所に大量に配布するなど、猛烈な反撃に出ています。

 はたしてどちらの基準が妥当かは、難しいところです。双方ともそれなりに説得力のあるエビデンスをもとにしているため、専門家でも判断に迷うところです。

 ただ、利権や損得の視点で見れば、この騒動の背景が透けて見えてきます。

 高血圧学会は、内科系の医師と、製薬会社の利益を代表しています。かたや人間ドック学会は、産業医と呼ばれる健診などを主な業務にしている医師と、健康保険組合の利益を代表しています。高血圧学会は、患者を増やして薬を売りたい側。人間ドック学会は、できる限り患者を減らして医療費を抑えたい側。

 つまり、これは科学的な論争ではなく、むしろ利権闘争。検査数字の基準ひとつで、莫大な金が動くということです。

やなぎひさし

やなぎひさし

国立大学理工学部卒。医療機器メーカーの勤務を経てフリーへ。医療コンサルタントとして、主に医療IT企業のマーケティング支援を行っている。中国の医療事情に詳しい。