薬に頼らないこころの健康法Q&A

ストレスチェック制度が経営危機を招く!?

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ


 現在、会社の総務部に勤務しています。ストレスチェック制度義務化への対応に追われています。企業側にとって、この制度について注意すべき点をお教えください。


 平成27年12月から、従業員50人以上の事業場を対象に年1回のストレスチェックが義務化されます。この制度は、定期健康診断のメンタル版ともいえますが、重要な相違点もあります。それは、この制度が、こころの病気の早期発見と早期治療(2次予防)にあるわけではなく、むしろ健康の増進と疾病の予防(1次予防)にあるという点です。

 ストレスチェックは、大ざっぱにいって2段階あります。①問診票を配って集計する②高ストレス状態が判明した従業員に医師が面接を実施し、「要医療」と判断された人に受診を勧奨する、の2段階です。

 現在、どの企業でも①の作業の煩雑さに翻弄されていることでしょう。しかし、企業の命運を決定するのは、②の段階であるといえます。それも②の段階での医師の制度理解によります。医師次第では、「要医療」者を大量に生み、ひいては、長期休職者を大量に出すこととなりかねません。

 ストレスチェック制度の目的は、あくまで健康増進にあります。そのためには、ストレスにさらされている人にそのことに気づいていただいて、医師による面接指導につなげ、生活習慣をめぐる指導やストレス対処に関する助言を得てもらうことが大切です。つまり、ここでの医師の仕事は、「治療」ではなく「予防」です。

 ところが、この制度が本来の目的を逸脱して、いつのまにか「うつ病の早期発見・早期治療」の制度と堕してしまうリスクがあります。多くの企業にとって、現状でもうつ病による長期休職は脅威でしょう。そこへもって、ストレスチェック制度の開始によって潜在的なメンタルヘルス需要が爆発的に増大する可能性があるのです。

 ②の段階で面接を行う医師の多くは企業の産業医ですが、精神医学の専門家ではありません。医師とはいえ、専門家ではない人がストレス度を判断する面接を行うことになります。しかも、やってくる人は、すでに①の段階で高ストレス者であることが判明している人ばかりです。医師にしてみれば、「後日責任を取らされたくない」という意識が働きます。そうなると、ストライクゾーンを広くして「疑わしきは『専門医の治療が必要』と見なす」方針を採ってしまいます。

 しかし、専門の精神科医のほうは、「予防」より、もっぱら「治療」を本分とする職種ですので、初めから「うつ病を治療しよう」という視点で接してきます。そのうえ、うつ病の治療の中心は「休息」とされていますので、当然の帰結として長期休職者が大量に生まれかねません。

 企業にとって最大の課題は、②の医師面接に際して、医師に制度の趣旨の理解を求めることです。「診断も治療も不要です。むしろ、わが社の社員にストレスケアの方法をご教示ください」というように指示してください。

 結局のところ、ストレスチェック制度を企業の経営改善に役立てるか、それとも経営体力損失を招くかは、面接を行う医師が制度の趣旨を理解しているかにかかっています。企業としては、面接担当医との意思の疎通は重大な課題といえるでしょう。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。