独白 愉快な“病人”たち

タレント 稲川淳二さん (66) 前立腺がん ㊦

(C)日刊ゲンダイ

「おはようございます! 吉田です!」

 毎朝明るい声で看護師さんが病室に入ってくる。病室の雰囲気が明るく、病気の「気」の部分を治してくれる要素があったので、この病院を選びました。

 講演で大学病院に行く機会があり、私は病院のウラ側を垣間見る機会がありました。よそ者には気遣いをせず、権力者の大先生にはこびる。それなのに、患者は規則で縛り付ける。有名だけれども“患者の扱いが残念な”病院がたくさんあるのです。そこへいくと、東京医科大学病院は医師も看護師さんも、誰にでもこまやかな気遣いがあったので、もしもの時はここに入院しようと決めていたんです。
「ここは病院ですからお静かに」なんて、たしなめられることがない。そんなおおらかなムードだから、お年寄りが声を上げていても周囲もイライラしない。そもそも、ストレスをためている入院患者さん自体が少ないんですよ。

 食事が終わると、患者さん同士が連れ立ってみんなでニコニコしながら楽しそうに話している。会話を聞くと、一方的に話していることも多いけれど、お互いを受け入れてくれるから居心地がいいんですよね。

 医師もフレンドリーで、高飛車なところがなく、治療もわかりやすく説明してくれました。

 医療用ロボット“ダヴィンチ”による前立腺がん切除手術は、お腹に6カ所小さな傷穴が開くだけでしたから、とにかく元気。3日目には病院でステーキも出たくらい、食べ物の制限もないんです。これが通常の開腹手術なら、病人食が何日も続きますからね。食の苦痛がないのは何よりでした。

 入院中も楽しかったですよ。私は点滴棒に“小太郎”と名前をつけ、小太郎をカラカラ連れて病棟を歩き回っていました。夜になると看護師さんたちをつかまえては、「ここでこんな話、していいのかな……」と怪談話を始めてね。するとまた看護師さんたちも、私が通るのを楽しみにしてくれるようになりました。

 さて今日も怪談話をという段になり、集まっている顔を見ると、奥に看護師長さんがいた。その日は、師長さんが体験談を話してくれましてね。

 深夜に巡回していると誰もいないはずの奥の部屋からテレビの明かりが漏れていて、壁にぴたりとつけて置いてあったテレビがベッドのほうに向いている。この病室で亡くなったおじいちゃんが同じようにテレビを傾けて見ていたと……。
「その部屋って、もしかして?」と聞くと、「稲川さんの隣の部屋です」って。

 いや~、私のほうがやられちゃいました!その時聞いた話は翌年、怪談ネタとして披露させていただきましたよ。

 今の病院は病は治すけれども、病気の「気」を治すことを忘れています。でも、気を治さないと寿命を縮めることにもなりかねないと私は考えているんです。私の知り合いも私と同じ前立腺がんの手術をし、放射線治療に通っていたんです。彼は病気のことばかり鬱々と考えているうちに深酒をするようになり、泥酔して階段から落ちて亡くなった。がんは取り除いてもらえたけれど、死の恐怖を植え付けられてしまったんじゃないかな。

 メンタル的にケアできるかどうかも、病院選びの大事な基準だと思います。今はテレビ出演をほとんどしないので、こんなことも言えるんです。テレビはコメントひとつ言うにも、しがらみが多すぎて言えなくなるからね。

 もういい年だし、私も後輩のために自分の正直な考えを伝える時期に来ました。言いたいことを言ってストレスをためないことが、健康にもつながると思うんですよ。

▽いながわ・じゅんじ 1947年、東京都生まれ。工業デザイナーを経てタレントに。96年、通商産業省選定グッドデザイン賞を「車どめ」で受賞。毎年6月に怪談話を収録したCD、DVDを発売。現在、ミステリーナイトツアー2014「稲川淳二の怪談ナイト」全国公演中。今夏新たに、全国ローソンの花火コーナーにて「稲川怪談新聞2014」を発売。