独白 愉快な“病人”たち

漫画家 武田一義さん (38) 精巣腫瘍 ㊤

(C)日刊ゲンダイ

 妻が子宮筋腫の切除手術をし、久々に夜の営みを……とベッドに入ったら、片方の睾丸だけが肥大していると妻に言われたんです。

 右が“うずらの卵”なら、左は“小さめのニワトリの卵”。ネットで「睾丸/腫れ/痛みナシ」と検索すると、「精巣腫瘍」というキーワードが出てきました。

 眠れなくなってさらに検索すると、睾丸ががんに侵されていることだとようやく分かり、しかも転移が早いと書いてあって怖くなった。10日後に引っ越しを控えていたので、引っ越しが落ち着いてからなんて思っていたけれど、翌日慌てて目の前の総合病院に行きました。

 検索どおり、やはり精巣腫瘍。「よくこんなに早く見つけられましたね」と医師に言われました。もし妻が毎日見ていたら、違いに気がつかなかったかもしれない。ある意味、発見には幸運が重なりましたね。

 精巣腫瘍は、一昔前なら即日手術、今も遅くとも1週間以内に手術して転移を防がなくてはならないがん。2日後には入院、5日後には手術と、仕事の休みをもらい、準備を進めました。

 ところが、手術の前日にもっと重大なことが判明……。がんが肺に転移しているのが見つかったんです。抗がん剤治療をすると無精子になる可能性があり、たとえそうならなくても、精子の質が悪くなる可能性もあるというので、自費で精子保存をしました。各所に「入院が長引くかも」と説明の電話を改めてしていたら、シャワーに入る時間すらなくなってしまうほど慌ただしかった。

 いざ手術……。そういう時、大病院では患者は研修医の練習台でもあります。僕の場合もぞろぞろ若い医者が集まり、患部を見られた。手術前の麻酔は、麻酔を打つのが初めての医師で、表面麻酔して痛みはないものの、不安げに背骨の腰の辺りで針を出し入れしているのが分かるんです。

 しかも麻酔が効きすぎて首から下がマヒし、意識的にしなければ呼吸が止まってしまう状態になりました。それから握力が戻るまでは医師もヒヤヒヤだったそうで……。ちょっとした医療過誤になるかもしれなかったんです。

 手術はなんとか成功。次は抗がん剤治療です。ごはんの炊けるニオイに吐き気をもよおしたり、日々嫌いなものが変わる。つわりのひどいやつってこんな感じなんじゃないかと思いました。抗がん剤が口中に回って味覚が変になり、気持ち悪くなっているように僕には感じました。味は薄味だと分からない。よくかんで食べると、食事が抗がん剤と混じってマズくなる。それで妻に味の濃い、かまずに味わえるよう小分けにした料理を弁当にしてもらって食べていました。

 最初は試すたびに吐くものだから食べるのも怖くなるほどでしたが、徐々に相性の合う食べものが分かってきた。なかでもおいしく食べられたのが、コンソメ味のポテトチップス、レモン味のソーダCCレモンでした。

 闘病中、一番感じていたのは、病気によって仕事を失う恐怖です。フリー稼業としては、がんで治らないかも、というより、仕事を失うことが何より現実的で恐ろしかった。幸い、僕の勤めていた漫画家の奥浩哉先生は、僕の代わりのアシスタントを入れずに待っていてくださった。戻るところがあることが、何よりの心の支えになりました。(次回につづく)

▽たけだ・かずよし 1975年北海道生まれ。「GANTZ」で有名な奥浩哉氏のアシスタントを経て、2012年、36歳の時に自身の精巣腫瘍についての闘病を記した「さよならタマちゃん」で漫画家デビュー。14年同作でマンガ大賞3位。22日から「おやこっこ」を、妻で漫画家の森和美さんも今夏から「シカルンテ」(仮)をイブニングで連載開始予定。