天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「超低体温循環停止」ならできる手術がある

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

Q 15年前に僧帽弁閉鎖不全症の手術を受けました。1年前あたりから再び息切れなどの自覚症状が表れ、再手術が検討されました。しかし、医師からは「前回の手術による癒着がひどく、再手術すると大出血して命に関わる危険がある」と断られました。やはり、再手術は断念した方がいいのでしょうか。(80歳・女性)

A 前回、外科医が手術を行えるかどうか悩むケースについて説明しました。医師がしっかり検査や検討を重ね、「今後の人生を考えると、手術しない方がより問題が少なく過ごせる可能性が高い」と判断した場合、やはり手術はしない方がいいでしょう。

 しかし、中には担当医師の経験・技術不足や設備が整っていないことで、手術ができないと告げられるケースもあります。そして、「手術はできない」と説明されただけで、精神的にも突き放された形になっている患者さんも多いのです。

 そうした患者さんは、病気によって多少は生活の制限を受けても日常生活を送れていますが、次に心不全や遺残動脈瘤破裂などの出来事が起これば、死亡リスクが高い状態にあるといえます。

 病状が安定しているうちに別の医療機関で、「本当に手術できないのかどうか」を診てもらうことをお勧めします。

 セカンドオピニオンを受ける場合には、自分の病気に対する手術の症例数が多い病院を探してください。実は手術できる状態なのに放置しておいたら、手遅れにはならないまでも、手術死亡率を少しずつ高めてしまう結果になるからです。

 当院にも、他の病院で「手術できない」と言われ、困り果てて来院される患者さんがたくさんいます。

 質問をいただいた女性のように「再手術を受けられない」と告げられたケースが多く、ちょっと間違えると大出血を起こしてしまう大動脈に癒着がある患者さんや、最初に受けた手術の処理が不十分だったことでひどい癒着がある患者さんが断られていることが多いのです。

 そうした患者さんが来院された時、まずは最新の診断機器で丁寧に検査を行い、「手術可能で、その後の回復も見込める」と判断できれば、手術に臨みます。今は心臓や冠動脈の立体画像を驚くほど正確に映し出せる心臓3D―CTなど、さまざまな診断機器が進化しているので、事前に手術の“設計図”をしっかり描くことができます。それに沿って手術を進めることが何より大切なのです。

 手術の際は、メスを入れる場所を変える工夫をするなどして、別方向から丁寧に癒着の剥離を進め、1回目の手術の時と同じような状態に持っていければ、手術はほとんど成功します。

 また、今は人工心肺を使った超低体温循環停止を行えば、うかつにメスを入れられないような状態でも、手術することが可能になってきています。患者さんの体温を15~20度くらいまで下げてから、人工心肺による血液の循環を一時的に停止した状態で手術を行う方法です。

 心臓が停止して全身の血液の循環が止まっているので、仮にどこにメスを入れても出血はしません。そのため、どんなにアプローチしづらい箇所でも手術を進めることができます。

 もちろん、切開した箇所を後でしっかり問題ない状態に戻さなければなりませんし、血液の循環を止めても他の臓器に悪影響が出ない1時間以内に循環の再開を得て、できるだけ短時間で終わらせる必要があります。

 そうした手術を数多く行った経験があり、それなりの設備が整っている病院でなければ、実施は難しいといえます。逆に言えば、他の病院で「手術できない」と言われた患者さんでも、超低体温循環停止なら手術できる可能性があるのです。

 本当に手術ができないのかどうか。病状が安定しているうちに、セカンドオピニオンを受けてみてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。