天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

欧米で行われている脳梗塞予防は左心耳閉塞術

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ
全国各地どの病院でも行われている治療ではない


 心臓手術後の脳梗塞を予防する手術があると聞きました。それはどんな方法で、どうしたら受けることができるのでしょうか。(73歳・女性)


 心臓の手術を受けた後、心臓が原因となる心原性脳梗塞を予防するために「左心耳縮縫術」という方法があることを前回紹介しました。血栓の多くが形成される心臓の左心耳という袋状の部分を糸で縫い縮め、血液の行き来を遮断する方法です。心臓手術に付随して行われ、抗凝固剤を服用するのと同程度以上に脳梗塞を予防します。

 ただし、左心耳縮縫術は、現時点では全国各地どこの病院でも行われている治療ではありません。

 そのため、患者さんが希望しても、断られる可能性もあるのが現状です。

 心臓の手術を受ける前に、担当医に「術後の脳梗塞を予防する治療を一緒にしてもらえませんか?」と尋ねてみてください。「それは左心耳を閉じる手術のことですね。希望されるのであればやりましょう」といった答えが返ってくれば、そのまま任せればいいでしょう。

 しかし、「現時点で一般的に確立された方法はありません」と突っぱねられてしまったときは、左心耳縮縫術を実施している病院を探さなければなりません。病院のホームページなどをチェックして、左心耳縮縫術をPRしている施設に相談してみてください。

 11月に開催された米国心臓協会学術集会では、われわれがこれまで蓄積してきた左心耳縮縫術の有効性に関するデータを発表しましたが、これからさらに多くの検証を重ねていかなければなりません。

 全国的に一般化するまでにはもう少し時間がかかるでしょう。

■日本でも浸透する可能性が高い

 ただ、比較的早い段階で浸透していくことも考えられます。欧米では、心原性脳梗塞を予防するため、左心耳に対する新たな治療が行われているからです。

 われわれは袋状になっている左心耳を糸で縫う方法を行っていますが、欧米では、カテーテルを使って血管の中に器具を留置して左心耳を遮断する方法や、安全な“クリップ”を使い、左心耳を挟んで閉鎖する方法が登場しています。

 クリップなら、誰もが比較的簡単に実施できるうえ、術後の脳梗塞予防に有効であるというエビデンス(科学的根拠)も出てきています。さらに、心臓の手術に付随して行うのではなく、「脳梗塞を予防するためだけに、胸腔鏡を使った小切開手術を行う」という新しいジャンルの治療も行われているのです。

 こうしたクリップを使った閉鎖術が日本で普及するためには、まず、使用するクリップが保険で承認されなければなりません。しかし、新しい機材は高価なので、簡単には承認されないでしょう。その点、われわれが行っている左心耳縮縫術は糸1本で済むので、費用は1000円程度です。

 より安価に同程度の有効性が望める方法があるなら、健康保険サイドからはそちらが推奨される可能性が高いといえます。

 今後、もっと安価で安全かつ確実なクリップが登場すれば、その方法が主流になってくる可能性はあります。しかし現在の日本では、明らかな根拠がないと脳梗塞といえど予防目的の治療は認められないので、糸1本で縫えば済む左心耳縮縫術を心臓手術に付随して行うという形が、最も安全で受け入れやすい方法ではないかと考えています。

 どんな形になるにせよ、心原性脳梗塞を予防するために左心耳を閉鎖する方法は広まっていくでしょう。患者さんにとって少しでもプラスになる治療法を一般的にするため、今後も長期的にどれだけ有効性があるのか、どんな副作用の可能性があるのかといったことを検証し、報告していくのがわれわれの務めだと考えています。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。