天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

体にやさしい手術に惑わされてはダメ

順天堂大医学部の天野篤教授
順天堂大医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 いま、日本の外科治療は「低侵襲」という方向に進む流れが強くなってきていることを前回お話ししました。患者さんの負担を軽減した、体にやさしい手術法がクローズアップされています。

 心臓手術では、「MICS(ミックス)」と呼ばれるもので、胸骨を大きく切らない小切開手術や、すべて内視鏡を使って処置する方法が登場しました。

 しかし、何より「低侵襲」を優先するあまり、低侵襲手術が可能な患者さんを探し出し、確実な手術修復よりも小切開の術式を優先したり、従来なら手術が必要ないほど症状が軽い患者さんに対し、低侵襲手術を行うといったケースも出てきています。これは、患者さんにとって決してプラスとはいえません。

 患者さんの多くは、病気というと「とにかく早く発見して、早く治療や手術をしたほうがいいに決まっている」というイメージを抱いています。

 しかし、心臓の場合はこれに当てはまりません。心臓はメスを入れると、どうしても術後にいったん機能が落ちてしまい、他の合併症を招くリスクがアップしてしまいます。低侵襲だからといって、まだ必要ない段階で手術を行うと、寿命を縮めてしまうケースもありうるのです。トータルで見れば、低侵襲どころか患者さんのリスクがアップしてしまうといえます。

 そうした“本来なら不必要な手術”から身を守るためには、患者さんの側が正しい知識を学んで賢くならなければなりません。

 まず知っておいて欲しいのは、心臓の疾患は早い段階で手術しなければならないケースが少ないということです。多少のトラブルがあったとしても、薬物で病状をコントロールするだけで、手術しなくても大きな問題が起こらないまま天寿を全うできる人はたくさんいます。

■「低侵襲」のデメリットもしっかり把握

 低侵襲だからといって早い段階で必要ない手術を受けることは、実証結果も出ていないのでむしろマイナスといえるでしょう。

 低侵襲手術を積極的に実施している病院や外科医が「体に優しい」といったメリットを前面に打ち出しているのは、患者さんを引きつけたいという理由があるからかもしれません。実際、「負担が少なく、すぐ日常生活に戻れる手術ならば」と、それを希望する患者さんも少なくないのが現状です。また、自分の病気の状態もよくわからないまま、「あの先生だったら低侵襲手術をしてもらえる」「あの病院なら体に優しい手術を受けられる」などと安易に飛びつく患者さんが、安易に低侵襲手術をやりたがる外科医を増やす一因にもなってしまっているのです。

 低侵襲手術は小さく切開した範囲の中で従来と同じような手術を行うため、視野は狭くなり、手術の種類によっては手技も大きく制限されます。手術時間もそれだけ余計にかかるので、不測の事態を招くリスクもアップすると考えていいでしょう。大きく開胸したとしても、しっかり視野が確保できて、正確に操作できる従来の手術のほうが、安全かつ確実なのは間違いありません。低侵襲手術だからといって、治療の範囲が広がることはなく、見落としを少なくすることもないのです。

 低侵襲手術にはこうしたデメリットがあるということを知っておけば、トータルで見たときにリスクがアップするような低侵襲手術を医師から勧められたとしても、患者さんは自分でしっかり選択することができます。

 もちろん、この先、低侵襲手術が進化することで、明らかに患者さんにとってプラスになる新たな治療法が確立される可能性もあります。ただ、そのためには、疾患に対するその治療の正当性を裏付けるデータをもっと集めて検証する必要があります。

 患者さんにとっては、命に関わるような重大な問題です。自分の病気についての知識をしっかり蓄え、「体にやさしい手術」という言葉に惑わされないようにしてください。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。