薬に頼らないこころの健康法Q&A

進学校卒業もひとり就職…田舎に残る高校3年生の悩み

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ


 東北の旧P村(Q市に併合)に住む高校3年生で、農家の後継者です。父からは「高校までしかやれない」と言われていて、僕も商業高校に行くつもりでした。でも、成績がよかったので、中学の先生にQ高校を勧められ、受かってしまいました。Q高は毎年東大にも何人か行くほどの進学校で、僕は中ほどの成績でした。3年になって、担任の先生からは「地元の国立R大学を受けないか」と勧められました。父に相談しましたが、やはり「金がない。就職してくれ」と言われました。結局、公務員試験を受けて地元の国立病院の事務部に就職することになりました。同級生のほとんどは大学に進みます。高校卒業後、みんなは都会へ、僕はひとり村に残る。これからどう生きていけばいいのか悩んでいます……。


 まずは、卒業式までは「忍の一字」で耐えること。「A君は東京の大学に受かった」「Bさんは仙台の看護学校に進む」など、さまざまな情報が耳に入ってきます。ひとり残る君はつらいと思う。でも、この時期のつらさは卒業式の日までです。その日に最高潮に達して、その後は急激に薄らいでいきます。気が付いたら、病院の入職日が目前に迫っていることでしょう。

 4月からは、仕事、仕事の毎日です。書類が大量にあります。書類仕事には高度の正確性を要するものもあれば、多少ルーズでも許されるものもあります。去年の書類とほぼ同じ文面でよいものもあれば、一から作らなければならないものもあります。締め切りの厳しさも仕事によってまちまちで、絶対に遅れてはならないものもあれば、催促されてからでも遅くないものもあります。

 常時、複数の案件を抱えて、それぞれに求められるアキュラシー(正確性)とパンクチュアリティー(時間厳守)が違います。それに応じて労力を比例配分させなければなりません。こういうことを日々、仕事を通じて覚えていくわけです。

 君の場合、職場ではQ高出身の大型新人として、皆の期待を一身に担うことでしょう。ルーティンワークをこなす以上のことが求められます。そうなれば、関連法規の勉強などにも着手してみましょう。

 その際は高校時代に習得した勉強スキルが役に立ちます。Q高の勉強も仕事の勉強もすることは同じで、基本は予習・復習。つまり、今日の業務内容を振り返って記録をつけ、明日の仕事をチェックして必要な準備をすること。そのためには、毎日ノートをつけましょう。それも、高校時代と違って、パソコンを使ってください。理由は、あとからの検索が楽だからです。新人時代に作ったノートは、職業人としての宝物になります。

 また、いずれご両親が引退し、農家の仕事を継がなければならない日が来ます。その時のための準備もしましょう。農業技術や経営の方法について勉強するのです。各地で若い後継者たちが新しい工夫を試みているはずです。そういった事例のなかに、旧P村でも実現可能なことがあるでしょう。

 長期的にみて、君には病院の仕事と、実家の農業だけでは足りない。旧P村、あるいは、Q市全体の地域振興、さらには日本の農業の復興といった大きな視点をもってほしいと思います。それは都会の大学に行く以上に夢があって、人生を懸けるに値する仕事だと私は思います。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。