薬に頼らないこころの健康法Q&A

理系科目に興味が持てない… 医学部志望を変更すべきか

井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授
井原裕 独協医科大学越谷病院こころの診療科教授(C)日刊ゲンダイ


 医学部志望の高校生です。父親が開業医なので医師になることを期待され、中高一貫の高校に入りました。当初、首都圏の医学部を考えて理系に席を置いていますが、「数学」「物理」「化学」に興味が持てず、徐々に他の生徒に置いてけぼりにされてしまいました。その一方で、読書が好きなので「国語」「英語」は得意です。今では理系に進んだこと自体を後悔しています。いっそのこと文系に転じて、文学や哲学をやりたいと思うようになりました。親に話したら、猛反対されました。


 最終的には君の人生はほかでもない君自身が決めることです。でも、「数学」「物理」「化学」が苦手で、「英語」「国語」が得意なら、むしろ医学部の方が向いているかもしれません。

 医学部は理系の生徒が行くところですが、入学と同時に「数学」「物理」「化学」の高度な知識はほとんど使わなくなります。だから、君とは逆に、「数学」「物理」「化学」が得意な生徒は、医学部に進むとせっかくの才能を無駄遣いすることにもなりかねません。工学部や理学部に進めば、「数学」「物理」「化学」を高校時代よりもさらに進めていけるので、自分の得意分野を生かした充実した人生が送れるはずです。だから、本来理系でトップの秀才は医学部なんかに行かないで、理学部や工学部に進む方がいいのです。

 医学部の場合、理系の教科を必要順に列挙すると、「生物」→「化学」→「物理」→「数学」になります。前者2科目はともかく、後者2科目の必要性はかなり低いといえます。数学に至っては、医学部より経済学部の方がよほど使います。

 その一方で、医学部では英語力は必須です。高校英語のような文学的な文章を読解する必要はありませんが、英語の医学論文を大量に読みこなす力は必要になります。読むだけでなく、書く力、話す力すらいずれは求められます。

 また、国語力も大いに求められます。それも大量の医学情報の中から、今すぐに必要な知識をピンポイントで探し出すスキルが重要で、これは来る日も来る日も教科書や論文を大量に読むことで自然と鍛えられていきます。そうして得られた情報を論理の明快な文章にまとめる作文力も求められます。

 こういう事情ですから、昨今の医学部入試は英語と小論文に力を入れるようになりました。君の英語、国語のセンスは、医学部入試にあっては強力な武器となるはずです。親御さんが止めたのは、文学や哲学を専攻すれば、才能と運だけで生きていく人生になる。それより、安定した医師の仕事を選んでくれないか、ということだったのだと思います。しかし、君は安定よりやりがいを選びたいのだと思います。

 ただ、ご心配なく。医師の世界には“文学者”もいれば“哲学者”もいるのです。君が高校で習った人物に限っても、森鴎外、斎藤茂吉、木下杢太郎などの近代文学史上の大立者がいます。現代作家でも加賀乙彦、北杜夫、帚木蓬生などは医師ですし、木村敏のように哲学者以上に哲学的な医師もいます。

 人間についての広範な関心があって、それで文学や哲学に興味があるのなら、医師を続けながら文学的、哲学的な関心を深めていく道もあります。実際、医師になれば、自分の考えを活字にするチャンスは訪れます。そういうときに高校時代の哲学や文学の志を存分に遂げることもできると思います。

井原裕

井原裕

東北大学医学部卒。自治医科大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院博士号取得。順天堂大学医学部准教授を経て、08年より現職。専門は精神療法学、精神病理学、司法精神医学など。「生活習慣病としてのうつ病」「思春期の精神科面接ライブ こころの診療室から」「うつの8割に薬は無意味」など著書多数。