ウグイスの鳴き声などでおなじみの演芸家・江戸家猫八さんが先月21日、進行胃がんで亡くなりました。66歳でした。元気なころ、野山で訓練していたら、本物の鳥が勘違いして近寄ってきたそうですから、まさに名人芸でしょう。
報道によると、1月初旬に激しい咳が続いたことから病院を受診。胃カメラ検査でステージ4の進行胃がんと判明したものの、「仕事を全うしたい」との思いから、医師に提案された入院による抗がん剤治療を拒否。通院しながら1月20日までの舞台に立ち、「最後の仕事」と決めた2月16日に行われたテレビ朝日系「徹子の部屋」の収録まで頑張ったそうです。
3月8日の放送を見た猫八さんは「最後にいい仕事ができた」と満足されたとか。その翌日、腹水がたまるなどして入院したようです。進行胃がんだと、肝臓への転移が少なくないのですが、お腹の中にがん細胞がばらまかれる「腹膜播種」があったのは確実です。
病状は、胃の原発巣より腹膜播種や肝転移の方がよくなかったのかもしれません。肝転移による肝機能低下は、死因になり得ることもあります。
■体重減は末期に
では、なぜ進行するまで胃がんに気づかなかったのか。猫八さんは2月に沖縄県西表島でフルマラソンに出場する予定で昨年夏から走り込みを続けていたとのこと。そのうちに体重が減ってきたようですが、「体重の減少は練習によるもの」と勘違いしたらしく、受診のキッカケとなった激しい咳のほかに、これといった症状はなかったようです。
よく「がんになると痩せる」と思っている方がいますが、がんで痩せるのは進行してからが一般的。早期から痩せることは、あまりありません。このことはぜひ頭に入れておいてください。体重減を手掛かりにすると、発見が遅れやすくなるのです。胃がんの早期発見には、ピロリ菌の除菌と胃カメラ検査が欠かせません。原因の95%はピロリ菌感染ですから、感染の有無を知っておくのも大切です。
がんは、患者さんの体を間借りして、正常な細胞から栄養を奪って成長します。小さいうちは周りの血管から栄養や酸素をもらって増殖。それでも賄いきれないと、周りの組織を壊しながら大きくなります。たとえば胃がんでは、粘膜を破って外に浸潤しながら“補給路”のための新しい血管を増設。それでも栄養不足が続くと、新天地を求めて転移するのです。
深刻な病状を知った猫八さんは身の回りの整理や仕事のやりくりを自分で行ったそうです。「休演を決めたら、主催者に自分で電話して事情を説明した」と報道されています。
がんの完治が期待できなければ、「がんと共存しながら、できるだけ長く、なるべく快適に生きる」戦略に切り替えることが大切。猫八さんはその戦略から仕事を選択。それを実現するために、緩和ケアなどで自覚症状を軽減する治療にとどめ、入院治療を自ら明確に拒否したのです。
命日となった21日、「国立名人会」を代演することになった子猫さんは朝、見舞った病室で父に「頼んだぞ」と言われたように手を振って見送られたといいます。息子をしっかり送り出した名人は、最期まで自分の意志を貫いて家族にみとられながら旅立ったのです。
Dr.中川のみんなで越えるがんの壁