天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

予定日の前日でも患者には手術を断る権利がある

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「当院ではその手術はできません」

 最初に訪れたA病院で治療を断られた患者さんが他の病院を探し回り、B病院で「ウチならできます」と言われ、藁にもすがる思いで手術を受ける――。決して珍しいケースではありません。

 医師の技術や病院の設備などの違いから、規模が大きい病院でなければできない治療は確かにあります。しかし、患者さんに詳しく説明しないまま、命に関わるようなリスクの高い治療を行う病院があるのも事実です。「これで助かるかもしれない」と安易に飛びついてしまうと、取り返しのつかないことになりかねません。

「ウチならできる」と言われた治療法は、本当にエビデンス(科学的根拠)が確立していて、医学的な適応がある治療なのかどうか。

 手術を受ける前にこの点をしっかり確認することが、最悪の事態を回避するためには必要になります。

 心臓手術の場合は、前回も紹介した「リスクスコア」に基づいた判断が重要です。患者さんの状態によって手術の危険度がどの程度かを示す指数で、仮に「ユーロスコア」で20%を超えると、手術を受けたことによる死亡率は50%近くになってしまいます。

 その患者さんに感染症があり、人工透析を受けていて、脳梗塞の既往があるような場合にはリスクスコアが50%以上となることが多い。手術を受ければ術後合併症なども含め、80%くらいが亡くなるほど高リスクになります。

 患者さんが自分の身を守るためには、そうした客観的なリスクスコアをしっかり理解した上で、手術を受けるかどうかを選択すべきなのです。正しい手順を踏んでいる病院は、必ずリスクスコアを提示した上で、患者さんが自身のリスクを理解するまで細かく説明し、手術の同意をもらいます。逆に、そうした客観指数を出さないまま「すぐに手術をしなければ命が危ない」などと手術を勧めるような病院は、適応外のむちゃな手術をやりかねません。

 まずは、リスクスコアをしっかり提示してくれる病院を選択する。その上で、医師に「手術のリスクは何パーセントくらいなのか? その根拠は何なのか」ということを尋ね、それに対してきちんとした説明があるかどうか。これが信頼できる病院かどうかの大きな判断材料になります。

 また、たとえ手術の予定日が決まったとしても、「いつでも手術をやめることができる」病院を選択してください。

 手術を予定している患者さんに対し、私は「たとえ予定日の前日でも、手術したくなくなったらいつでもやめていいんですよ」と必ず伝えます。

 患者さんには、その直前まで手術を断る権利があるからです。患者さんがその日の気分で、「やっぱり手術は遠慮したい」と思ったら、それを受け入れて患者の権利を守ってくれる病院なのかどうか。これも、信頼できるか否かの判断材料になります。

 ただ、手術の説明を受けている際、患者さんが医師に対して「もし、直前になって手術をしたくなくなったら、やめても問題ないかどうか」を尋ねるのはハードルが高いはずです。ですから、無理にそうした質問をしなくても、「手術以外の治療法を提示した上で、手術を受けるかどうかの選択権は患者さんが最後まで持っている」ということを説明の中で補足しているかどうかを確認してください。そこまでしっかり説明している病院は、成熟していると判断できます。

 医師の立場から見ても、「手術の直前まで断れる権利があるんだ」という判断力がある患者さんであれば、大きな問題は起こりません。

 しかし、よく分からないまま医師の言いなりになって手術に突入してしまうと、むちゃな手術による死亡事故に見舞われてしまう可能性があるのです。

 現在、真相究明中の某大学の手術死亡事例なども、個々に問題があることが疑われます。患者さんが自分の身を守るためには、術前の説明がそれくらい重要だということを覚えておきましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。