Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

【被災時の注意点】がん患者はエコノミー症候群になりやすい

避難所では時々ストレッチを
避難所では時々ストレッチを(C)日刊ゲンダイ

 3・11から5年、熊本が大地震に襲われてしまいました。日本が地震列島であることを改めて思い知らされた格好です。今回は、がん患者さんの被災時の対応について取り上げたいと思います。

 まず、がん患者さん全般にいえることは、エコノミークラス症候群のリスクについて。車中泊や避難所生活で思うように動けなかったり、十分な食事や給水ができなかったりすると、健康な方でも脚の静脈に血栓ができることがあります。

 いわゆるエコノミー症候群で、2004年の中越地震でそのリスクが大きく報じられました。がん患者さんは、腫瘍の影響で血液を固める仕組みが働きやすく、血栓ができやすいことが分かっています。そこに、行動制限や不十分な水分補給といったことが重なると、よりエコノミー症候群になりやすいのです。

 脚の静脈の血液は心臓に戻り、肺に流れます。何かのキッカケで静脈の血栓がはがれ、やがて肺の細い血管を詰まらせるのがエコノミー症候群の最も危険なパターン。熊本市内でも、自宅の駐車場に止めた車の中で避難を続けていた51歳の女性がエコノミー症候群で死亡していたことが分かっています。

 その予防には、手足のストレッチを。やむを得ず窮屈な姿勢をとらなければいけなくても、数時間おきにやりましょう。避難所に災害救助看護師がいる場合は、脚の血流をよくする弾性ストッキングをはくのもいいでしょう。

 もうひとつは、抗がん剤で治療を受けたケース。胃がん、肺がん、大腸がんの3大がんの場合、1~2週間治療が遅れても、病状が急激に進行することはまれで、まず生活を整えることが優先です。しかし、白血病はじめ血液がんは治療の継続が重要になります。

 大震災では、普段受診している病院での診療ができなくなることもあるでしょう。そういうときは、地域のがん診療拠点病院のがん相談室に連絡することです。

 抗がん剤治療では、白血球が減少することもあり、感染症の予防から抗生物質が処方されることが少なくありません。それを持って避難できた方は薬の服用を続け、持ってないときは避難所の看護師などに相談することです。

■おしぼりで入れ歯掃除

 とにかく感染症予防が大切。うがいは一度に多くの水を含むより、少量ずつ口に含んでは吐き出す方が効果的。歯磨きは歯磨き剤を使わず、歯ブラシを水で濡らしてゴシゴシやるだけでもよく、入れ歯は使い捨てのおしぼりで拭きます。針金部分は歯ブラシやティッシュなどで清掃を。あくまでも被災時の応急処置ですが、感染症予防に必要ですからぜひ心掛けてください。

 在宅で緩和ケアを受けている方が、医療用麻薬を持って避難できないこともあるでしょう。この場合も、がん診療拠点病院のがん相談室に相談するとよいと思います。

 周りの避難者のこともあり、ちょっとしたことは往々にして我慢しがちですが、発熱や痛みの増悪、腫れ、下痢など何らかの感染症が疑われるときは、ためらわずにすぐ相談することが大切です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。