天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ゆとり世代 高齢者とは異なるリスクを抱える

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓病は65歳以上の高齢者に多い病気です。しかし、20~30代のいわゆる「ゆとり世代」といわれる若い世代でも、心筋梗塞や致死性の不整脈で命を落とすケースは少なくありません。突然死まではいかなくても、心臓病を発症することはまれではなく、決して「若いから大丈夫」とはいえないのです。

 高齢の患者さんと、ゆとり世代に代表される若い患者さんでは、いくつか違いを感じます。まず、若い世代の患者さんは「自己管理」ができない人が多い印象です。モノがあふれている中で育っているためか、自分に対しての厳しさが感じられません。

 いまの70代以上の人は、夜10時を過ぎたら主食は食べないという方が多くいます。しかし、20~30代の人は24時間営業のフードサービスが当たり前だという環境で育ってきているので、深夜でもがっちり食事をするのが当然と考えている人がほとんどです。

「24時間いつでも食事を提供してくれるお店があるのは、いまの時代だから」という考え方をしている高齢の世代と比べると、食環境がまったく異なっているといえます。

 また、情報通信の発展によって、若い世代は睡眠と覚醒の調和がバラバラになっています。夜中にテレビや映画を見たり、音楽を聴いたりするのが日常になっているからです。一方、70代以上の世代は「夜はしっかり眠るもの」という感覚があります。睡眠環境も大きく違っているのです。

 そうした世代間の“違い”は、心臓にも大きく影響します。手術を受けて退院した後の回復具合については、そこまで大きく変わりません。しかし、深夜に好きなだけ食べたり、いつまでも寝ないであれこれ行動していると、手術によっていったん改善した機能が、再び問題を起こすリスクが高くなります。厳しく自己管理ができる世代とできない世代では、再発のリスクが大きく変わってくるのです。

■病気の発症の仕方にも変化

 さらに、生活習慣が大きく変わった70代以上の世代と若い世代では、病気の発症の仕方も変わってきているといえます。いまの高齢の世代が若かった頃には見られなかったような病気が若い世代に増えています。たとえば、かつては若い世代には少なかった変性性の心臓弁膜症や解離性大動脈瘤といった病気を、若くして発症するケースが増えてきているのです。

 若い世代は、心臓のつくりが全体的に脆弱になっているのも特徴といえるでしょう。食べ物が豊富で栄養状態がよくなった分、体のつくりは大きくなっています。しかし、昔に比べると日常生活の中から運動量が落ちているため、鍛えられないままひょろひょろと大きくなっている傾向が強い。そのため、体の成長に心臓のつくりが追いついていない印象です。

 心臓の大きさは、病気がなければ成人する頃まではどんな人でもだいたい同程度です。しかし、その後の心臓の成長は、体が成長する過程における生活環境の違いによって変わってきます。心筋の強さ、組織の脆弱さ、不整脈が起こりやすいか否か……心臓が病気しやすい方向に成長するのか、そうでないかは、食事や睡眠などの生活習慣が大きく左右するのです。

 といっても、70代以上とはまったく違う環境の中で育ってきたいまの若い世代が、いきなりカルチャーを変えるのは無理な話です。しかし、心臓に関して「世代によるリスクの違いがある」ということを覚えておけば、いざというときの対処に差が出てきます。なんとなく調子が悪いなというとき、「若いから心臓病ではないだろう」などと思い込んではいけません。世代リスクがあることを念頭に、早めに循環器を診てもらえる病院に行く。これが、命を守ることにつながります。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。