天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

いまは「ダヴィンチ」手術に飛び付くべきではない

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 近年、手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使った手術が広がり始めています。ロボットといっても、いわゆる「人型」をしているわけではなく、内視鏡などの手術道具を扱う3本のアームと操作ボックスからなる装置で、日本では約200台が導入されています。

 手術の際は、お腹や胸などに小さな穴を数カ所開け、内視鏡カメラとアームを挿入します。執刀医は患者さんから離れた場所にある操作ボックスに座り、モニターの3D画像を見ながらアームを遠隔操作して手術を行うのです。

 日本では、09年に一般消化器外科、心臓外科を除く胸部外科、泌尿器科、婦人科の内視鏡手術を支援する装置として、厚労省から製造販売が承認され、12年4月には前立腺摘出手術が保険適用になりました。

 ダヴィンチは、大きく開胸する従来の手術に比べて小さな穴を開けるだけなので、正確に操作すれば出血や術後の痛みが少なく、患者さんの負担が少ない低侵襲な手術だとされています。そうしたメリットから、全額自己負担でのダヴィンチによる心臓手術を行っている施設も存在します。現時点では、保険適用外であること、使用器具が高額で設置場所が必要、手術に時間がかかるなどの理由で少数派ですが、今後はさらなる技術の進歩と低コスト化によって、より広まってくるでしょう。

 ただし、いま安易にダヴィンチに飛び付くのは疑問です。初歩的な手術であれば、外科医が行うものとそれほど変わらない印象ですが、少し複雑な手術になると、ダヴィンチの対応は整っていません。

 また、現在のダヴィンチは、あくまでも人間が操作する“ロボットアームを使ったアナログ手術”です。AI(人工知能)を搭載したすべてがオートマチック化された手術ではありません。仮にすべてがオートマチック化されれば、だれが行っても同じ手術ができるようになるでしょう。

■回復具合が上回るわけではない

 トラブルが起こったときに、すぐに対処できる人間をそばに配置しておけば大きな問題はありません。しかし、いまのダヴィンチはそこまで進化していないので、きちんとした解剖の知識を身につけたその道のエキスパートに執刀してもらう必要があります。

 さらに、高額な治療費についても考える必要があります。前述したダヴィンチによる心臓手術のケースでは、一番簡単なものでも350万円程度が全額自己負担になります。もし、同じ手術を保険適用になる従来の手術で行えば、高額療養費制度を利用して9万円程度で済みます。ダヴィンチだからといって、手術による心臓の回復具合が上回ることはないので、高額な費用を支払ってまでダヴィンチ手術を選択するだけのメリットがあるかどうか、じっくり考えるべきでしょう。

 心臓手術に関しては、トータルの医療サービス、心臓の回復具合という点において、現時点では通常手術の方が確実性は高いといえます。患者さんは期待しすぎてはいけません。

 ただ、ダヴィンチによる前立腺摘出手術のように保険適用になっている治療に関しては、しっかりしたエビデンス(科学的根拠)が確立しています。選択肢として検討すべき治療といえますし、症例数が多い病院はそれだけ信頼性も高いと考えていいでしょう。

 しかし、ダヴィンチによる心臓手術など、先進医療や研究の一環として行っている領域の治療は、いくら症例数が多くてもうのみにして飛び付いてはいけません。その施設の出している治療結果が、必ずしも国が認める方向に行くかどうかは分からないのです。

 とはいえ、このまま順調に技術が進化していけば、いずれ、先端技術による手術は人間を超えるだろうと考えています。次回、さらに詳しくお話しします。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。