天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

ベテラン医師でもベトナムの医療発展に貢献できる

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 8月の中旬にベトナムに足を運び、現地の病院や医療体制を視察してきました。以前、ベトナムの要人の心臓手術を執刀したことがあり、その際に知り合った関係者から、「実際に視察して、ベトナムの医療に対するアドバイスが欲しい」という要望があったのです。

 現在、ベトナムでも手術は一通り行われていますが、決してレベルが高いとは言えません。そのため、要人や富裕層はシンガポールや日本へ出向いて治療を受けています。しかし、医療体制を整えたり、治療経験を蓄積しながら、将来的にはベトナム国内で治療を完結させたいと考えているといいます。ベトナムで近代的な最新医療を行うことができるのか、そのために何が不足しているのか、どんな教育が必要なのかといったことについて、意見を求められたのです。2泊3日のスケジュールでハノイにある4つの病院を回ったのですが、やはり、現状ではなかなか難しい印象を受けました。4つの病院のうち、なんとか可能かもしれないという施設は1つだけでした。

 大きな問題は建物の老朽化です。ベトナムはもともと地震がない国で、いまでも1920~30年ごろのフランス植民地時代に建てられた建物が使われています。歴史的な遺産としては非常に価値のある建物と言えますが、最新の医療を行う病院としては適当ではありません。最新の医療機器を導入して、最新の治療を行うとなると、管理面や衛生面も含め、総合的に厳しいと言わざるを得ません。近代医療を行うためには、まず病院の建物を近代化する必要があるのです。

 また、最新の医療診断機器も不足しています。日本のODAなどの政府開発援助で医療機器は導入されていますが、まだまだ数も質も足りていません。高解像度の検査画像を撮影できる320列CT、精度が高く患者さんの負担が少ない最新鋭の内視鏡、3D内視鏡を備えた手術支援ロボット、安全装置がたくさん付いた人工心肺、手術台と心血管X線撮影装置を組み合わせたハイブリッド手術室など、最新医療を行うために導入すべき機器はたくさんあります。

 さらに、そうした機器を扱える人材も不足していますし、人材を育成するための教育も必要です。そのため、ベトナムの関係者は、これまでも多くの援助を行っている日本に対し、物的支援だけでなく人的支援も本腰を入れて欲しいと願っているのです。

 対してこれまでの日本は、「最新の医療を受けたいのなら、メディカルツーリズムで日本まで来ればいい」という方向に進んでいました。しかし、これからはもっと大局的な観点から、ベトナムなどの医療後進国に出向き、現地の医療の発展に力を注ぐ医師がもっと増えてもいいのではないでしょうか。

 その点、ベトナムは非常に適した環境が整っている印象です。日本からベトナムまでは、飛行機で5時間前後です。今後はもっと時間が短縮される可能性もあります。そうなると、新幹線を使った場合の東京―広島・岡山くらいの“距離”なので、日帰りも可能です。玄関にカギをかける習慣がないほど治安も良く、物価も安い。昭和40~50年ごろの日本と同じような雰囲気を感じます。

 医療に関しても、かつて日本で行われていたような環境と言えます。もし、まだ年が若く、医師としての腕を磨くなら、医療レベルが高く、最新の治療をどんどん展開している国で経験を積んだ方が自分のためになります。一方、医師としての生活が残り少なくなり、最後にもう少しだけ頑張ってみたいと考えている医師にとっては、ベトナムは非常に適した場所といってもいいでしょう。かつて自分が経験してきたような環境なので馴染みやすいうえ、たとえ最新の医療を知らなくても、これまで蓄積してきた経験から、現地で望まれている医療を提供することができるのです。社会貢献という観点も含め、非常にやりがいを感じることができる環境です。

 もちろん、家族や職場の理解は必要ですが、日本に生活の基盤を置きながら、ベトナムと行き来して医療に従事できる環境が整えば、お互いの役に立つ、より良い関係が築けるかもしれません。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。