天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「突然死なら苦しくない」は大間違い

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

「ピンピンコロリ」という言葉があります。年をとっても元気にピンピンと活動して、最期はコロリと安らかに逝く――。そんな亡くなり方のことです。病気による苦しみや痛みを感じることもなく、周囲に介護の負担をかけることもない。世間では「理想の終焉」だと喧伝されています。

 しかし、これは大きな間違いです。ピンピンコロリを狙って亡くなるなんてことは、ほとんど不可能といえます。

 ピンピンコロリにいちばん近い亡くなり方は、致死性不整脈や心筋梗塞といった心臓疾患による突然死だという意見を多く目にします。たしかに、急に発作が起こってそれほど苦しまずに突然死を迎えるケースもありますが、それはあくまでも極めてまれな特殊例です。ほとんどの場合、ウッと発作がきてそのまま苦しまずに亡くなるなんてことはまずありません。

 心臓疾患によって、苦しくも痛くもなく突然死するケースは、パチンコでいえば、開店直後に1回転させただけで確変を引き、そのまま閉店まで出続けるようなもの。これはほとんど奇跡に近いことで、そんな特殊例を狙って実現できるわけがないのです。

 病気やケガというものは大多数が痛かったり、苦しかったりするものです。「突然死」といっても、極めて健康な状態からいきなり発作が起こって亡くなるわけではなく、もともと何らかの基礎疾患があったうえで、突然の死を迎えるということです。当然、その人が抱えている基礎疾患なりの苦しみや痛みがあるものです。心臓であれば、普段から不整脈、動悸、胸痛といった症状があり、何らかの生活制限を受けているケースがほとんどでしょう。

 そもそも、普段からピンピンしていて健康であればあるほど、最期はコロリとは逝けないものです。簡単にいえば、元気で丈夫な人ほど亡くなるときは手間がかかるものなのです。「ピンピン」という状態は、病気がない、もしくは病気があってもしっかりコントロールできているということです。こういう人は、健康寿命を謳歌できているわけですから、そうそう「コロリ」まではたどりつけません。

 どんなにピンピンな人でも、コロリに至るまでの間には、必ず不健康になるゾーンがあります。年をとると、がん、心血管疾患、脳卒中という3大成人病、糖尿病などの生活習慣病が、そのゾーンに該当する場合が多いといえます。加齢とともにまずはそうしたゾーンに入り、次に何らかの症状が表れるというゾーンに進みます。さらに今度は治療がうまくいかない、もしくは病気がコントロールできずに手が付けられないゾーンに突入し、最終的には命を落とすというルートがほとんどなのです。

 つまり、「ピンピンコロリ」というルートそのものが非常に狭く、ほとんどありえないといっていいでしょう。医学のエビデンスからいっても、ピンピンはコロリとは逝きません。もちろん、年をとってもピンピン暮らすことができるのはとても望ましいことですが、ピンピンからコロリを目指すというのは現実的ではないということです。

 仮にものすごい幸運に恵まれて、心臓疾患によって苦しまずに突然死を迎えたとしても、本人以外の周囲は非常に苦しい思いをします。たとえば、地方から東京に来ているときに発作を起こして倒れて緊急手術になった場合、家族は遠方から呼び出されたうえ、心の準備もできないまま「どうなってしまうんだろう……」という不安を抱えながら過ごさなければなりません。本人が苦しまずに亡くなったとしても、周囲の誰かが心身の障害を受けることになるのです。

 こうした状況を防ぐためには、突然死を招くような病気を発症する前の段階で治療や生活習慣を改善するなどしてしっかりコントロールするか、病気が発症してしまったらエビデンスにのっとった治療を受けるしかありません。

 当然のことですが、基礎疾患があるのに「治療しなければ、コロリと逝けるかもしれない」などという考え方は論外です。

 ピンピンコロリが理想的だという“幻想”にとらわれず、「ピンピンジワリ」に気を付けることが肝要なのです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。