長寿のもと? 従来の悪玉「ケトン体」なぜ注目されている

脂肪を分解してエネルギーをつくるときの副産物が「ケトン体」
脂肪を分解してエネルギーをつくるときの副産物が「ケトン体」/(C)日刊ゲンダイ

 いま医療関係者の間で俄然注目されている「ケトン体」をご存じか? 人は飢餓や激しい運動により糖を分解できなくなると脂肪を分解してエネルギーをつくる。その際の副産物がケトン体で、これまで脱水や嘔吐、頻脈、低血糖、昏睡や意識障害などの原因として悪玉扱いされてきた。ところが最近は心臓や腎臓を保護し、神経を修復する善玉でもあるという考え方が広まってきているという。なぜか。東邦大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌学分野の熊代尚記講師に聞いた。

「糖尿病専門医の間でケトン体が注目されたキッカケはSGLT2阻害薬と呼ばれる新しい糖尿病薬が、心臓病や脳卒中などの心血管疾患イベントリスクを減らすと報告されたからです」

 SGLT2は腎臓の尿細管にのみ存在し、尿中に排泄されるグルコース(ブドウ糖)を再吸収する働きがある。これを阻止することで、血中のケトン体は増加したものの、血糖値はもちろん、脂肪肝や高血圧が改善した。

「最初は利尿効果で体の水分が抜けたからだろうと考えられてきました。しかし、心臓や血管の病気を持つ2型糖尿病の患者7000人を対象にした国際的な大規模無作為化比較試験で、心血管イベントのリスクが14%、総死亡のリスクが32%減ったと報告されて大騒ぎになりました。それまで血糖値を下げる糖尿病治療薬は数多くあっても、高血圧や糖尿病が引き金で起こる脳梗塞や心筋梗塞などのリスクを減らすことを証明したものはありませんでした。その後の研究で、増加したケトン体が心臓や腎臓でエネルギー源として利用されることで、心血管や腎臓が保護されている可能性がわかってきたのです」

 いまではSGLT2阻害薬は糖尿病というより、循環器疾患の薬として活用しよう、ということで循環器の医師や研究者が研究を始めているという。

 実際、日本の厚労省にあたる米国食品医薬品局ではSGLT2阻害薬を心臓病の薬として認可する方針だといわれている。

 ケトン体の利点はそれだけじゃない。脳神経のエネルギー代謝を改善し、活性酸素や炎症から神経細胞を保護する作用もある。既にてんかんの治療法として体内のケトン体をあえて高い状態に保つ「ケトン食」が使われているが、アルツハイマー病やパーキンソン病などの脳神経細胞障害の抑制にも有効であるとの報告が上がってきている。

「ケトン体が健康・長寿のもとになる可能性も囁かれています。基礎医学の分野では、ケトン体の一種がエネルギー制限による寿命の延長をもたらすメカニズムに関係しているとカリフォルニア大学の研究グループが報告しています」

 ケトン体にはアセト酢酸、β─ヒドロキシ酪酸、アセトンの3種類あり、アセトンは呼気に排泄されるが、アセト酢酸とβ─ヒドロキシ酪酸はエネルギー源として使われる。最近の研究ではβ─ヒドロキシ酪酸は、寿命の制御に関係しているヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害し、酸化ストレスの耐性遺伝子の発現を促し、酸化ストレスを抑制することがわかっているという。

 ならば、体の中のケトン体を増やす食事や薬を取ることが健康につながるのか?

「それほど単純なものではありません。糖尿病の人がケトン体を増やすと昏睡や意識障害などケトアシドーシスと呼ばれる状態になるのは変わりません。体の中のケトン体を増やすには絶食、糖質制限などによるケトン食、SGLT2阻害薬のような薬など、さまざまな方法がありますが、どの方法がいいのか、どれだけケトン体を増やせばいいのか、どういう体の状態のときに増やすといいのかなど、不明な点が多く残されています。現時点では、昔は単純に悪者だったケトン体が体に保護的に働く可能性もあることを知っておくだけでよく、ケトン体を増やそうと自ら実践するのは効果や安全性が確かめられてからで十分です。医師の指示でSGLT2阻害薬やケトン体食が処方された場合のみ慎重に従ってください」

 こうした情報は人目を引くため、さみだれ式に流れてくるだろうが、先走ってはいけない。あくまでも研究段階。自らの体を危険にさらして試すことはないだろう。

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