天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

花粉症で呼吸しづらくなると心臓の負担が増大する

順天堂大学の天野篤教授
順天堂大学の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 今年も花粉が舞い始める季節が到来しました。前回に引き続き、花粉症のお話をしましょう。

 花粉症は心臓にも悪影響を与えます。ただ、花粉症を起こす要因であるアレルギー反応が、心臓に対して“悪さ”をするわけではありません。花粉症によって引き起こされるさまざまな症状が、心臓に影響するのです。

 花粉症は、アレルギー反応によって副交感神経が異常亢進し、目、鼻、喉の粘膜から涙、鼻汁、痰などが異常に分泌されます。こうした症状によって呼吸がしづらくなると、心臓への負担が増大します。

 人間は、鼻や口から空気を吸うことで肺の中の血液に酸素を取り入れ、動脈を通って全身に酸素を運びます。体内で酸素が使用されると、今度は血液中に二酸化炭素がたまります。その血液は静脈を通って心臓に戻り、さらに肺に流されます。そして、肺で二酸化炭素と酸素を交換し、再び動脈を通って全身に酸素を供給しているのです。

 呼吸がしづらくなって、肺が十分な酸素を血液に取り込めなくなると、心臓から肺に流れる血流が制限されます。心臓は肺に血液を送るためにそれだけ大きな力が必要になり、負担が増えるのです。特に、不整脈が出やすくなります。

 また、花粉症の患者さんは睡眠時無呼吸症候群(SAS)にかかりやすくなります。夜、寝ている間に何回も呼吸が止まる病気で、低酸素状態を繰り返したり、交感神経を活性化させることなどによって、心臓、脳、血管に大きな負担がかかります。そのため、SASがあると、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞といった重大な合併症や、高血圧、心房細動が起こりやすくなるのです。

■生体リズムの乱れやストレスも悪影響

 呼吸だけでなく、花粉症によって免疫力や抵抗力が低下したり、花粉症の症状でストレスを感じていると、自律神経のバランスが崩れやすくなります。人間は、交感神経が興奮すると心拍数が増加したり、血圧が上昇します。反対に副交感神経が興奮すると心拍数が減少し、末梢血管が拡張します。自律神経である交感神経と副交感神経が互いにバランスをとって、循環器をコントロールしているのです。

 しかし、生体リズムが乱れたり、ストレスがかかって自律神経のバランスが崩れてしまうと、興奮状態が続き、心臓にかかる負担が大きくなります。花粉症の症状によって、心臓が影響を受けるのです。

 さらに、花粉症の治療で使われる薬も心臓疾患にとって大敵です。花粉症の薬の多くは、交感神経を刺激する成分が含まれています。交感神経を刺激して鼻の毛細血管を収縮させ、鼻汁の分泌や充血を抑えるのです。しかし、常用すると鼻の毛細血管だけでなく、全身の血管も収縮させるため、結果として血圧の上昇を招きます。花粉症の薬の多くが、心臓病や高血圧の患者さんは使用できないとしているのはそのためです。

「抗ヒスタミン薬」にも注意が必要です。鼻汁やくしゃみなどのアレルギー症状の原因となるヒスタミンに作用して症状を抑える薬ですが、他の薬との飲み合わせによる相互作用から、重度の不整脈で死亡する事例が起こりました。現在は、副作用が少ないとされる抗ヒスタミン薬が販売されていますが、不整脈の副作用報告はゼロではありません。心臓疾患を抱えている人は、特に注意してください。

 海外の研究では、「花粉症シーズンは心臓疾患の発作を起こすリスクが上昇する」という報告があります。花粉が飛散するシーズンは心臓発作による緊急処置の件数が平均5%上昇し、中でも花粉飛散レベルがピークに達する5月は16%、6月は10%増加していました。詳細な要因などについてはさらなる調査がまたれますが、花粉症が心臓疾患に悪影響を及ぼしている可能性があるといえるでしょう。

 しっかりと花粉対策して、ツラい季節を乗り切りましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。