近年、虫歯や歯周病が全身のさまざまな病気の要因になることが常識になってきました。もちろん、心臓疾患とも大きく関係しています。
虫歯は、口腔内にすみついているミュータンス菌などの虫歯菌が酸を作り出し、徐々に歯が溶かされていく病気です。虫歯を放置していると、虫歯菌が患部から体内に侵入したり、治療時の抜歯や切開などによって血管内に入り込んでしまいます。
■虫歯が心臓の弁を破壊
虫歯菌は、心臓に軽い弁膜症があるなどして血液の乱流が起こっているところに付着しやすく、巣食ってしまいます。そうなると弁膜症がさらに悪化したり、付着した部分で増殖して虫歯菌の塊がつくられると、弁をぐずぐずに破壊してしまうのです。
弁が壊されると、今度は破壊された弁と虫歯菌の塊が一緒に血液に乗って体中にまき散らされます。それが脳の血管に詰まれば脳梗塞になりますし、冠動脈で詰まれば心筋梗塞の原因になります。また、細い血管に詰まった場合は、症状は出なくても、巣食った虫歯菌が血管の炎症を起こして動脈瘤をつくります。それが破裂すれば、突然死することもあるのです。血管内に侵入した虫歯菌が心臓の心筋で炎症を起こし、心筋炎を引き起こす場合もあります。
最近、弁膜症の手術をした患者さんでは、口腔内の状態が非常に悪く、虫歯菌が血管内に侵入したことで症状が悪化したケースがありました。口腔内の悪い状態を放置すれば弁膜症の再発もあるため、むしろ術後に口腔内管理に重点を置く必要があったほどでした。
虫歯と同じ口腔内の病気である歯周病も、心臓疾患につながります。
歯周病は、歯周病菌の親玉ともいわれるPg菌などが歯と歯茎の間で増殖し、ゆっくりと歯の周囲の組織を溶かしていく病気です。歯茎や歯槽骨などの歯を支える組織が壊され、最後は歯が抜けてしまいます。
口腔内に歯周病菌による炎症が慢性的にあると、炎症によって生じるサイトカインが歯肉の血管から血液に入り込み、全身に運ばれます。すると、サイトカインが血管の内皮細胞を傷つけ、全身のあちこちで炎症が起こります。そうした状態になると、白血球の一種である単球が内皮細胞にくっつきやすくなり、結果的に動脈硬化を促進させるのです。
また、大動脈で炎症を起こしている部分があると、サイトカインの影響によってさらに炎症が進み、動脈瘤が急激に膨れて突然死を招くケースもあります。
虫歯や歯周病といった口腔内のトラブルは、心臓疾患の大きなリスク要因といっていいでしょう。実際、手術を受けるくらいまで心臓が悪くなってしまった患者さんは、口腔内の健康状態が悪いケースが少なくありません。
そうした人は、そもそも全体的に栄養状態が悪く、口腔内の衛生にまで気が回っていない人が多いのです。
当院では、これまでは心臓疾患で受診される患者さんの口腔内を細かくチェックすることまではしてきませんでしたが、手術後の患者さんには口腔内ケアも大切だという指導はある程度行っていました。
しかし、最近は心臓や消化器の手術、がんの手術や抗がん剤治療といった“大きな治療”を受けている患者さんに対して口腔内ケアを行うと、入院日数が短縮されるというデータが発表され、術前後の歯科受診に保険の加算が手厚く付与されるようになりました。口腔内の衛生を保つことで、誤嚥性肺炎が予防できたり、腸内環境が良くなって、回復力が向上するからだと考えています。
虫歯や歯周病を防ぐために意識して口腔内ケアを実践することが、心臓疾患だけでなく他の病気の予防にもつながるのです。
天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」