がんと向き合い生きていく

早期ではほとんど症状が表れない 食道がんの知識と生存率

都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏
都立駒込病院名誉院長・佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 某社営業部長のSさん(56歳)は、1日にたばこ40本、酒は毎晩の付き合いでビールに始まり、ウイスキー、日本酒と続き、深夜0時すぎの帰宅は当たり前。そんな生活がもう20年以上続いているとのことでした。夜になると昼の穏やかさとは違って豪快になり、「自分は肺がんで死ぬんだ」とよく口にしていたそうです。

 ある年、春に行われた会社の健康診断では、胸部エックス線写真には問題なく、肝機能異常を指摘されました。しかし、毎年のことで酒が原因だろうと考え、その後は診察を受けませんでした。ただ、秋になって、「声がかすれる」「食事がつっかえる」といった症状を訴えて来院されたのです。

 体重は10キロ減り、流動物しか食べられなくなっていましたが、たばこと酒はやめられないようでした。むしろ「酒でカロリーを取っていた」と話されます。

 そんなSさんを診察した際、左頚部に3センチ大のリンパ節が触れました。私はその硬さ、形から、すぐにがんの転移であることを確信しました。

 案の定、内視鏡検査で上部食道にがんが見つかり、入院となったのです。

 手術を受ける前に、まずは衰えた体力をつけなければなりません。栄養状態をよくするため、左上胸部から中心静脈に管を入れ、太い静脈から高カロリーの栄養剤を投与して体調を整えました。

 ある程度の体力を取り戻したあと、約10時間の手術が行われました。

 頚部リンパ節の郭清と食道がんの切除後、胃を持ち上げての食道再建が行われました。術後、肺炎を起こすトラブルが起こりましたが、それを乗り越え、病状が落ち着いたところで放射線・化学療法に臨みました。

 現在、Sさんは「たばこも酒も、あんなもの、全く欲しくない」と笑って話されます。すでに2年が経過し、痩せたままですが再発なく過ごされています。

 食道は口から胃に食べ物を送る管で長さが約25センチあります。食事が通過するところですから、食道がんでは、「ものがつっかえた感じがする」「胸焼けがする」といった症状が表れます。しかし、早期がんの場合はほとんど症状がないことが多いので、それだけで安心はできません。

 また、厄介なことに、食道にあるがんがまだ早期に見えても、中にはリンパ節に転移していることがあったりします(胃がんでは、がんが早期の形をしていたらリンパ節転移はまれ)。ですから、がんの転移や広がりを調べるため、内視鏡検査やCT検査などでステージをハッキリさせ、治療方針を決めます。

 食道がんの原因には、たばこ、飲酒が挙げられます。私が担当した食道がんの患者さんのほとんどが喫煙者でした。

 治療には、手術、内視鏡治療、放射線治療、薬物治療(抗がん剤)があります。内視鏡治療は早期がんの一部で行われ、内視鏡で見ながらがんを切り取ります。

■進行がんの場合は長時間の手術になる

 進行がんでは、手術が選択されることが一般的です。また、手術の前後に放射線治療、抗がん剤治療を組み合わせて実施される場合もあります。食道は消化器の一部ですが、だからといって大病院の消化器外科ならどこでも手術できるとは限りません。食道がんは特殊で、がんの場所が胸部にあり、開胸しての手術や鏡視下手術が行われるからです。

 進行した食道がんの手術では、がんを中心にその部位の食道を切除し、さらに近くの転移リンパ節も切除するだけでなく、切除された食道の代わりに胃や腸を使って食べ物が通る通路がつくられます(食道再建)。そのため、手術時間が長くかかることが多いのです。

 他に病気があったり、患者さんの体の状態などにより、手術が選択されずに放射線治療や抗がん剤治療が行われる場合があります。抗がん剤は「シスプラチン」と「5-FU」との併用が標準的に使われてきました。

 放射線治療では、がんが消えても治療した部分が狭くなり、食事の通過が悪くなったりすることがあります。その場合、狭くなった部分を広げる処置が行われます。

 ステージ4の食道がんの5年生存率は10~20%で、まだまだ厳しいのが現状です。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。