Dr.中川のみんなで越えるがんの壁

肺がん4期の大林宣彦さん 余命3カ月を“未定”にした治療は

大林宣彦さん
大林宣彦さん(C)日刊ゲンダイ

「余命3カ月の宣告を受け、本当はここにいないはずでしたが、まだ生きています」

 映画監督・大林宣彦さん(79)の衝撃発言が、話題を呼んでいます。報道によると、昨年8月にステージ4の肺がんと診断され、抗がん剤治療を受けたところ、主治医に「余命は未定」と“余命宣告”を撤回されるほど回復。妻でプロデューサーの恭子さんは「奇跡が起きました」と大喜びしたといいます。

 ステージ4の肺がんといえば、肺がんが骨や肝臓、脳などに転移したり、肺に水がたまったりしている状態。診断からおよそ10カ月、深刻な状態を克服できたのはなぜでしょうか。恐らく新しいタイプの分子標的薬が効いたのでしょう。その3タイプを紹介します。

 2002年に登場した「イレッサ」で口火を切ったチロシンキナーゼ阻害薬がひとつ。がん増殖の司令塔となるタンパク質を破壊して増殖を抑える薬で6種類あります。もうひとつは、がんを養う血管ができるのを阻んで“兵糧攻め”にする血管新生阻害薬で、2種類。3つ目が、昨年12月に登場した「キイトルーダ」の免疫チェックポイント阻害薬。がんは免疫を邪魔する仕組みで自分を守りますが、その“盾”を壊し、免疫細胞が正常にがん細胞を叩きやすくします。3タイプ合計で10種類です。

 従来の抗がん剤がじゅうたん爆撃のように攻撃するイメージなら、これらはピンポイント攻撃のイメージ。“攻撃対象”が絞られることで、これらの薬は比較的副作用が軽い。「撮影と並行しながら治療」できたのはそのためでしょう。

 しかも、それぞれの薬に最適な患者の特徴が分かってきたことで、高い治療効果を挙げるケースがあるのです。大林さんは、そこにうまく合致した形でしょう。

 では、どんな人に薬がよく効くのか。そこが今回のポイントで、遺伝子検査がカギを握っています。たとえば、イレッサの効き目が高いのは、EGFR遺伝子が変異している人。薬の手引などには「EGFR遺伝子変異陽性」と書かれます。その変異があり、手術不能か再発した非小細胞肺がんの方が対象です。

 同じようにほかの9種類についても、薬にマッチする遺伝子の特徴が分かっています。逆にいえば、遺伝子検査の結果から薬にマッチしないと判明したら、これらの薬は使いません。薬の適応を調べる遺伝子検査はとても重要です。

 ちなみにイレッサは、1年~1年半で薬の耐性ができ、再びがんが増殖しやすくなることも分かってきました。新しいタイプの薬にも課題が見つかり、適宜、薬を替えながら治療します。

 全体として副作用が軽いと書きましたが、間質性肺炎など重篤な副作用もあります。元気に長生きする可能性を少しでも高めるには、医師と相談しながら治療の選択肢をしっかり見極めて、慎重に薬を使うことが大切です。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。