がんと向き合い生きていく

がんの骨転移による下肢麻痺は発症から48時間以内が勝負

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

「先生、今日はいい知らせがあります。先月ご相談したTさん(65歳・男性)が、歩けるようになってK病院を退院されるそうです。本当によかった」

 F病院のS医師がニコニコしながら私にこんな報告をしてくれました。

 Tさんは肺がんで脊椎に転移があり、脊髄麻痺で足が動かない状態でした。そのままでは回復が難しい状況でしたが、手術が間に合ってすたすたと歩けるようになったのです。劇的な回復で、本人はもちろん、担当医をはじめとしたわれわれもバンザイ! と叫びたいくらいの喜びでした。

 1年前、Tさんは肺がんと診断されて手術で右上肺を切除しましたが、半年後、左右の肺と胸椎に転移が見つかりました。それでも、分子標的薬「ゲフィチニブ」の内服により、肺転移はほとんど消失しました。ただ、胸椎転移には放射線治療が行われたものの、がんは次第に脊髄を圧迫するようになり、下肢の麻痺症状で歩けなくなってきたのです。

 がんが脊髄を圧迫して下肢が動かなくなってから48時間以内に手術を受け、その圧迫がとれれば麻痺は回復する可能性があります。その48時間が勝負です。ただ、本当に元通りに回復するかは手術してみないと分かりません。Tさんは幸いなことに手術が間に合い、無事に回復されたのです。

 脊髄を圧迫しているがんの手術では、がんが肺や他の臓器にたくさんあった場合など手術できないことが多くあります。

■溶骨型の骨転移は骨折しやすくなる

 また、手術を行ってもがんが取り切れない、手術がうまく成功しても麻痺は治らないこともあります。これまで、麻痺がきても手術で回復した方、そのまま麻痺が残った方、そのどちらも目にしてきました。

 その先、完全に下半身が麻痺したまま暮らすのか、歩いて生活できるのかどうかは患者さんにとって大きな違いです。

 まだMRI検査ができなかった時代に、こんなことがありました。肺がんの治療で入院中だったBさん(68歳・男性)が、金曜日の午後に「下肢の動きがおかしい」と言い出し、土曜日の朝には歩けなくなってしまったのです。48時間が勝負ですから、月曜日までは待てません。外来診察で忙しい整形外科医に拝むように頼み込み、脊髄腔に造影剤を投与する検査を行って、がんによる圧迫のある場所を確定できました。

 土曜日の午後、放射線治療の準備をしながら、脊髄の圧迫を取り除く手術が夜中まで行われ、Bさんは元通りに歩けるようになりました。その時の喜びも忘れられません。

 かつては、肺がんで再発、あるいは骨転移での症状が出てきた時、多くの場合はがんの進行を抑える、痛みの症状を緩和するのが精いっぱいだったようにも思います。それが、手術によって麻痺を取り、歩くことができるまでの回復も望めるようになりました。

 冒頭で紹介したTさんの再発した肺がんは、骨転移以外は薬で消失していました。それなのに、下肢の麻痺まで症状が悪化しました。再発、骨転移、下肢の麻痺とすべてを告知され、それでも麻痺の症状が取れて歩けるようになったTさんの気持ちはどんなものだったでしょう。また、「生きる」希望が湧いたに違いありません。

 がんの骨転移で最も多いのは乳がん、そして肺がん、前立腺がんです。乳がん、肺がんなど、がんが骨に転移した場合、そして多発性骨髄腫では骨が破壊されて崩れるような転移(溶骨型)となり、とても骨が折れやすくなります。一方、前立腺がんが骨転移した場合は造骨型となり、硬くて骨折しにくいという違いがあります。

 多発性骨髄腫の患者さんのお話ですが、入院中にベッドで起き上がろうとして体を支えるためにテーブルに右手をついて右前腕を骨折、あわてて左手をついたら左上腕を骨折し、一度に両腕が使えなくなってしまったという悲劇もありました。

 骨折しやすくなるだけでなく、溶骨型の骨転移では、病気が進行すると血液中のカルシウムが増える(高カルシウム血症)ことで元気がなくなり、意識消失を来すことがあります。その際は、緊急に輸液を行い、カルシトニン、ビスホスホネート(いずれも血液中カルシウムを低下させ、骨を強くする薬)の投与などが行われます。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。