天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心拡大は手術のダメージをより少なくしなければならない

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓が通常よりも大きくなっている「心拡大」の患者さんは、手術後に著明に改善することによって自覚症状が格段に良くなります。しかし、時に悪化していくケースもあり、厄介な術前状態です。

 大人の心臓は、握りこぶしを軽く握ったくらいの大きさが一般的です。しかし、心臓や血流に何かしらのトラブルを抱えていると拡大や肥大を来し、通常の3倍くらいまで大きくなってしまうケースもあるのです。胸郭の幅に対し、心臓の幅が50%以上を占めているケースを心拡大といいます。そのうち、心臓の壁=心筋が厚く大きくなった状態が心肥大です。

 心臓が拡大する原因はいくつかあり、拡大している場所によって原因疾患が変わってきます。心臓は、左心房、右心房、左心室、右心室という4つの部屋に分かれています。全身から戻ってきた血液は右心房に入り、逆流を防ぐ弁でつながっている右心室に流れ込んでから肺に送り出されます。肺で酸素を受け取った血液は、その後に左心房に入り、同じく弁でつながっている左心室から全身に送り出され、循環しているのです。

 心室の拡大は、心室に流れ込む血液の量が多くなることで起こります。左心室と大動脈をつなぐ大動脈弁の閉鎖不全症、左心房と左心室をつなぐ僧帽弁の閉鎖不全症といった血液の逆流を引き起こす病気がある場合が該当します。また、心筋梗塞を何度か起こしている場合や、拡張型心筋症などで心室の筋肉そのものが異常を来しているケースでも心室の拡大を招きます。

 心房の拡大は、血液がスムーズに心室へ流れなくなり、心房で血液が滞ってしまうことで起こります。僧帽弁の開きが狭くなる僧帽弁狭窄症、逆流を引き起こす僧帽弁閉鎖不全症がある場合、心房に血液が滞って肥大につながります。右心房と右心室をつなぐ三尖弁の閉鎖不全症でも、血液が逆流して心房の拡大を招きます。

■心臓の働きが戻れば大きさも戻る

 また、高血圧によって心室が硬くなり、心房から心室への流入障害が起こるケースや、心房細動によって血流が滞ることでも拡大します。心房細動は心房の拡大によって心房筋が薄くなっていくことで固定化するので、心拡大が極端に進むと元に戻らなくなってしまいます。

 つまり、何らかの心疾患を抱えているために心臓の負担が増えることで、心臓が拡大してしまうのです。ということは、原因になっている疾患を治療することで心臓が本来の働きを取り戻し、血液がスムーズに循環するようになれば、徐々に心拡大もなくなっていきます。心疾患の手術をした後、心臓が通常の大きさまで戻る患者さんもたくさんいます。

 ただ、冒頭でお話ししたように、心拡大の患者さんは術後の改善が得られない場合には不整脈や心不全が残ってしまうので、結果として手術の難易度が上がります。実際の術野は、心臓が通常の3倍近く大きくなっているため処置が必要な部分が見えにくくなりますし、処置の際に心臓を持ち上げたり、位置を動かしたりすることがやりづらくなるケースもあります。さらに、心拡大はただでさえ心臓に大きな負担がかかっている状態なので、なるべく心臓にダメージを与えないように注意しながら手術しなければなりません。これは、冠動脈バイパス手術でも、弁を交換する弁置換術でも同じです。

 拡大した心臓に対し、少しでも手術のダメージを減らすためには、心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術が適しています。しかし、心拡大によって術野の位置取りが難しいので、血液を体外循環させる人工心肺につなぐ場合も多く、全身の循環維持を優先せざるを得ません。そうしたケースでも心臓を動かしたまま行うに越したことはありません。心臓が止まっている時間が長ければ長くなるほど、負担が大きくなるからです。

 どうしても心臓を止めて手術しなければならない場合は、心臓を冷却しつつ心筋保護液などの心臓の筋肉を休ませる薬剤を使います。そのさじ加減にも注意が必要です。

 心拡大は、若ければ若いほど、処置のタイミングが早ければ早いほど、術後に正常な状態に戻りやすいといえます。心臓にトラブルを抱えていないかどうかを早期に発見し、必要ならば最適なタイミングで手術を行うことが重要です。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。