がんと向き合い生きていく

乳がんは手術から20年後に転移する場合もある

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

「今、娘から電話があって、乳がんと診断されたというんです」

 ある日の午後、同じ職場で働いていたWさんが、涙ながらに私の診察室に駆け込んできました。

 23歳で独身の娘さんは、間もなく術前化学療法と手術を行い、手術後は放射線治療、化学療法と続きました。状態は次第に落ち着いていきましたが、最初の数カ月間は体の闘いばかりではなく、親子とも“心の闘い”が他人には想像しがたいほど大変なものでした。

 Wさんは「どうして娘が……。代わってやりたい……」と口癖のように繰り返していました。幸いなことに治療が奏功し、再発なく4年が経過しています。

 乳がんは30代から増え始め、50歳をピークに、高齢になると減っていきます。女性のがんで最も多く、毎年約7万人が罹患しており、女性のがんの約20%を占めます。女性のがんでの死亡数は大腸がん、胃がんに次ぐ第3位で、年間約1万2000人が乳がんで亡くなっています。先日、乳がんで闘病中だった小林麻央さんが34歳の若さで亡くなり、大きなショックを与えました。

 乳がんの症状は、しこり、血の混ざった分泌物、ひきつれなどで自覚されることがあります。症状がなくても、検診のマンモグラフィーで指摘されることもあります。マンモグラフィーやエコー検査後、生検や吸引細胞診で診断されます。病気の広がりをCTや骨シンチグラム(骨転移の有無)などで検査して、病期(ステージ)が決まります。特に乳がんは進行すると、他のがんに比べて骨転移が多く認められます。

 ステージにもよりますが、乳がんの治療は手術だけではなく、早期がん以外は手術前、手術後の化学療法、ホルモン療法なども治療の大切な部分を占めます。治療方針の決定にあたっては、がんの生検組織、あるいは手術した組織でがんを確定するだけでなく、ホルモンが効くがんなのかどうかを知るため、エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体の有無を調べます。

■5年経過しても定期的な検診は必要

 さらに、HER2という遺伝子が過剰に発現しているかどうかによって「ハーセプチン」という分子標的薬が効果を発揮できるかどうかが分かるので、HER2遺伝子についても検討します。

 一般的に、乳がんは女性ホルモンに影響されるがんなのですが、ホルモン剤が全く効かない、そしてHER2遺伝子過剰発現のない「トリプルネガティブ」というタイプが難治性として問題になっています。

 また、非常に少ないながらも乳がんは男性にもあり、やはりホルモンの環境に左右されます。以前、乳がんの手術を受けてから2年が経過した48歳の男性が、私が勤務する病院にやってきました。胸水がたまって呼吸困難がある状態でした。その時は睾丸を摘除することですぐに胸水はなくなり、効果が認められました。このことからも、ホルモンが影響していることが分かります。

 女性の乳がんでホルモン治療のため、卵巣摘除の方法も行われてきましたが、現在は、それに代わる薬物がたくさん使用されています。乳がんにおけるホルモン治療、抗がん剤治療、分子標的薬の開発は目覚ましく、効果のある薬が次々に登場しているのです。それに伴い、術前の化学療法でも手術時にはがんが小さくなっていることが多くみられるようになりました。

 再発は、まれに手術後5年以上たってから、中には20年後という場合もあります。ある女子大の教授をされていた女性が、肝臓に多数の腫瘍があって入院されたことがあります。肝臓で針生検をしたところ、そのがん組織は20年前に乳がんの手術をした時の組織と一致しました。20年後の乳がん転移が判明したのです。こうした場合もあるので、再発なく5年が経過しても定期的な検診が必要でしょう。

 乳がんの治療や薬剤は確実に進歩しています。しかし、中には非常に進行の早いタイプがあり、薬剤にも抵抗し、不幸な転移となる方もいらっしゃいます。完治のためには、やはり早期の発見、早期の診断・治療が大切です。ぜひとも定期的に検診を受けるべきです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。