がんと向き合い生きていく

胃がんに「抗がん剤は効かない」は大きな勘違い

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 農業を営むSさん(46歳・女性)は、3カ月前から上腹部に時々痛みがあったといいます。自宅近くの胃腸科医院で内視鏡検査を受けたところ、胃の幽門部(出口に近い)にがんが見つかり、私が勤める病院に紹介されてきました。

 病院に来られた時には、既に左頚部(鎖骨上部)のリンパ節に転移があり、ステージⅣの診断でした。根治手術(手術でがんを全て取り除く)は無理だったため、週1回の抗がん剤治療を開始。治療2カ月後、頚部リンパ節の転移は消え、胃内視鏡で径約4センチあったがんは約1センチまで縮小しました。さらに4回の治療を行った後に手術を行い、病理検査でもがんは痕跡をとどめるほどにしか残っていませんでした。

 その後、5年経過しても再発なく完治されました。

 がんが遠くまで広がっていて根治手術が不可能と判断された場合でも、まずは抗がん剤治療を行って、がんが小さくなってから手術を受け、治癒または長期に生存できた例は数多く報告されてきています。また、根治手術が可能と考えられる場合でも、再発を少なくすることを目標にして、手術前に抗がん剤治療を行って(術前化学療法)さらにがんを小さくしておき、その後に手術を行うこと(臨床試験)を勧める病院もみられます。

 主婦のKさん(56歳)は、胃がんのステージⅢで胃全摘の手術を受けました。しかし、その1年後のCT検査で腹腔内のリンパ節腫大を多数認め、再発と診断され紹介されてきました。

 最初は入院、その後は外来で抗がん剤治療を繰り返し、リンパ節の転移は完全に消失。その後、再燃なく5年を過ぎました。あるテレビ局で胃がんの特集番組が企画された際、Kさんは胃がんの患者さんを励ますために快く出演してくださいました。それくらいお元気になられたのです。

■奏功している患者はたくさんいる

 会社員のCさん(50歳・男性)は、2カ月前から少ない食事でもすぐにお腹がいっぱいになったように感じていました。病院での内視鏡検査でスキルスタイプの胃がんと診断されました。CT検査では腹水は認めませんでしたが、お腹に穴を開けて腹腔鏡を行ったところ、腹膜に白い小さい斑点を多数認め、がんの腹膜播種と診断され、胃の手術は行わず抗がん剤治療となりました。注射と内服の治療を開始して3カ月後には食事量が増し、体重も次第に戻って2年経過しています。

 スキルスタイプの胃がんでは、がんが胃の壁の中を這うように進み、胃が膨らまなくなってしまいます。さらに進むと、がんは壁を越えて腹膜にばらばらとまかれ、がん性腹膜炎を起こして腹水が出てくるのです。

 進行した胃がんの治療は、まず手術でがんを取り切ることが優先されます。抗がん剤治療は、主に手術ができないほど進んでいる場合、手術してもがんが残った場合、手術でがんが取れても再発の予防として行われます。

 手術ができないほど進んでいる場合の抗がん剤治療では、最近の臨床試験で「少なくとも約50%の患者はがんの大きさが治療前の半分以下になる」という報告がみられます。また、抗がん剤の種類も増え、分子標的治療薬も使えるようになりました。ただ、全く効かない場合もあること、どれくらい長く効いてくれるか分からないという問題点があります。

 抗がん剤治療と言われると、敬遠したくなる気持ちになるのはよく分かります。中には、「抗がん剤」という単語を聞いただけで拒否される方もおられます。しかし、Sさんのように抗がん剤治療後に手術して治った方、Kさんのようにリンパ節転移が消えた方、Cさんのように長く効果がみられている方など、抗がん剤治療が奏功している患者さんはたくさんいるのです。

 日本では胃がんが多く、亡くなられる方もたくさんいらっしゃいます。私がみとった患者さんもたくさんおられます。

「胃がんは抗がん剤では治らない」と自己判断して抗がん剤治療を一度も受けないのは、とてももったいないと思うのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。