天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

冠動脈バイパス手術を一度に8箇所行うケースもある

順天堂医院・天野篤院長
順天堂医院・天野篤院長(C)日刊ゲンダイ

 狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患を治療する大きな柱のひとつが「冠動脈バイパス手術」です。虚血性心疾患は、心臓の筋肉に酸素や栄養を送るための血管=冠動脈が細くなったり詰まってしまうことで起こります。

 そこで、狭くなったり詰まっている血管に対して、他部位の血管を使って迂回路=バイパスをつくり、心筋への十分な血流を確保できるようにするのです。

 バイパスをつくる部分は1カ所とは限りません。冠動脈が何カ所も詰まったり狭窄している患者さんの場合、すべての血管にバイパスをつくり、血流を再開することが理想的といえます。ただ、患者さんの心臓の状態や体力によって、すべての箇所でバイパスをつくることができないケースはたくさんあります。

 当院で行っている冠動脈バイパス手術では、患者さん1人当たり平均3・8カ所のバイパスをつくっています。これまで、最も多くつくったバイパスは8カ所で、年間に1人か2人はそうした患者さんの手術を行っています。

 バイパスをつくる処置そのものは、1カ所であれば10分程度です。トータルの手術時間は使う血管の準備も含めて4時間くらいで終わります。これが8カ所になるとその分以上に時間が加算され、トータルで6時間ほどになります。バイパスをつくる箇所が増えれば、単純にそれだけ手術時間が長くなるのです。

 また、バイパスを8カ所つくる場合、バイパスとして使う血管(グラフト)を少なくとも2~3本、場合によっては4本採取しなければなりません。血管が詰まったり狭窄している部分の程度によっては、グラフトの長さが足りなくなるケースもあります。そうした場合、別のところから血管を採取して血管同士を縫い合わせ、継ぎ足してグラフトにする処置が必要です。それだけ、やるべき作業が増えることになります。

 心臓手術は、手術時間が長くなれば長くなるほど患者さんの負担が大きくなります。バイパスをつくる箇所が増えれば、その分だけ患者さんに負担がかかるのです。なるべく早く正確に手術を終わらせなければならないので、外科医の技量も求められます。

 そのため、何カ所もバイパスをつくることができる患者さん、そして外科医は、ある程度、限られてくるといえるでしょう。

 そもそも、8カ所近くバイパスをつくることができる患者さんは、心臓の機能や全身状態がそこまで悪化してはいないため、5カ所くらいにとどめても問題ないといえるくらいの病状であるケースがほとんどです。とはいえ、仮に冠動脈の8カ所が詰まったり、狭窄している場合、すべての箇所にバイパスをつくって血流を確保するのが理想的です。ですから、患者さんの病状や全身状態を考慮して、可能であればすべての箇所にバイパスをつくるべきだといえます。

 逆に本当は8カ所にバイパスをつくりたいのに、心臓や全身の状態が悪いため、バイパスの箇所を減らして手術するケースもたくさんあります。

 そうした場合、最低限、ここだけは血流を確保しなければならない箇所を判断し、重要なところから順番にバイパスをつくっていきます。

 患者さんからすれば、「8カ所もバイパスが必要なのか」と思うかもしれません。冠動脈が8カ所詰まっていても、そこまで心臓の状態が悪化していない患者さんであれば、たとえ8カ所すべてにバイパスをつくったとしても、そこまで劇的に心臓の働きが改善したという実感は少ないでしょう。

 しかし、詰まったり狭窄している箇所が少なくなればなるほど、心筋に対する血流の供給が一定になります。血流のアンバランスさが改善されれば、それだけ不整脈が表れにくくなるのです。

 また、活動性が高くなって自然とダイエットにつながり、心臓疾患のリスク因子である肥満が改善するケースもあります。

 手術を受ける前に、ご自身の状態も含めて医師の説明をしっかり聞いて、納得のいく選択をしましょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。