天皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「卵円孔開存」は術後の感染症心内膜炎リスクを高める

順天堂大学医学部の天野篤教授
順天堂大学医学部の天野篤教授(C)日刊ゲンダイ

 心臓の弁を交換する手術を受けた患者さんは、術後に感染性心内膜炎を発症するリスクがアップします。心臓を覆っている心膜や心臓の中にある弁に細菌が取り付いて感染を起こす病気で、血液内に侵入した細菌が交換した弁に感染巣を作りやすいのです。

 もちろん、弁を交換しても、感染性心内膜炎を起こさない患者さんもたくさんいます。それには、術後の自己管理がきちんと行えているかどうかが大きく影響してきます。10~20代のころに手術を受けた患者さんの中には、免疫が弱い状態になってしまう場合もあるため、日頃のケアが重要になるのです。

 感染性心内膜炎を引き起こす細菌は、風邪や外傷などがきっかけで血液内に侵入して弁に感染巣を作るケースもありますが、とりわけ虫歯や歯科治療で注意が必要です。まずは、日頃から正しいブラッシングで歯磨きを行うなど、口腔内の衛生を保つ必要があります。定期的に歯科医を受診して虫歯をチェックしたり、虫歯があるときは早い段階で歯科医に相談し、心臓手術の経験があることを伝えなければなりません。

 また、アトピー性皮膚炎や膠原病などで強いステロイド剤を使用している場合にも、皮膚の感染免疫が低下することから、外傷で容易に細菌が血中に入りやすい状況になります。治療中の人は特に注意が必要です。

 感染性心内膜炎は早期の診断・治療が重要なので、定期的な心臓検査も大切です。

 自己管理のほかに、「卵円孔開存」という生まれつきの心臓の構造が、感染性心内膜炎の発症に関わっていることも分かっています。右心房と左心房の間に小さな穴=卵円孔が開いている状態をそう呼んでいます。

 本来、卵円孔は出生時に閉じるものなのですが、中には閉じないまま成長するケースがあり、成人の15~20%が該当するといわれています。穴が大きくない場合は特に心配することはなく、多くの人は問題ありません。しかし、弁の交換をした患者さんは注意が必要です。

■かつては“無視”されていた

 右心房と左心房の間に小さな穴があると、ちょっとした拍子で血液が行き来することになります。つまり、全身から右心房に流れ込んだ静脈血と、肺で酸素を取り込んで左心房に入った動脈血が少量でも混ざってしまうということです。静脈血は全身を巡ってから戻ってくる血液なので、体内に侵入した細菌が入り込んでいる場合があります。その細菌が卵円孔を通して左心房に入り込み、弁に取り付いてしまうリスクがアップしてしまうのです。

 そのため、大動脈二尖弁による弁置換の治療を行う際は、細心の注意を払って卵円孔が開いていないかどうかを確認しています。卵円孔開存の患者さんは、弁の交換と同時に穴を閉じる処置を行っています。かつては、卵円孔が術後に問題を引き起こすことが分かっていなかったため、穴があってもまったく気にすることなく、そのまま手術が行われていました。しかし近年は、穴をふさぐことで血液の行き来をなくし、細菌が弁に巣くって感染性心内膜炎を引き起こす可能性を根絶やしにしておくのです。足の静脈にできた血栓が卵円孔から左側の心臓に入って起こす脳梗塞の防止にもなります。

 卵円孔開存は、大動脈二尖弁と僧帽弁閉鎖不全症の患者さんに多く見られます。若いころに心臓弁膜症を発症して心房に負荷が加わると、静脈圧が上がります。すると、いったんは閉じていた穴が再び開通してしまうという可能性も考えられます。そうなると、感染性心内膜炎を起こしやすくなってしまいます。

 卵円孔開存は病気ではありませんが、心臓手術、とりわけ弁置換などの心臓の中の構造に手を加えるような手術の場合には、マイナスになるケースが多いといえます。卵円孔開存かどうかは心臓エコー検査で分かるので、もしも心臓手術を受けることになったら、担当医に自分がそうでないかどうかを相談してみるのもよいでしょう。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。