がんと向き合い生きていく

がんの転移があるのかないのか… 患者の不安は大きい

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 先日、知人のAさん(55歳・男性)から2回目の電話がありました。Aさんは肺がんと診断され、検査が続いていました。

「検査の結果、骨の転移はありませんでした。診察の時、先生がそれを真っ先に言ってくれました。手術できそうです。本当に良かった」

 骨シンチグラフィー検査で骨に転移がなかったのは実に喜ばしいことでした。それに加え、担当医がそのことを真っ先に伝えたということに私もうれしくなりました。転移があるのか、ないのか。少しでも早く知りたい患者の気持ちを、担当医はよく分かっている。担当医が患者と共にいてくれている――そう思えたからです。

 がんの種類は違っていても、骨に転移がある、なしでは治療方針が大きく変わってきます。肺がんで骨転移があれば、病期(ステージ)は最も進んだⅣ期と診断されます。その場合、原発巣(たとえば肺がんなら肺)を切除する手術ができたとしても、生存期間が長くはならないことは一般的にも知られています。

 以前、私が担当医だった胸腺がんと闘った患者(外科医師)は、骨転移がなかったことを知らされた時の喜びを、後に奥さんが出版された「戦士に敬礼!」(斎藤菜々著 悠飛社)の中でこう記しています。

「K病院に着いた彼(F)は、偶然、エスカレーターの前でTS先生に会ったそうです。
『F先生、骨転移はないよ。手術できる、できるよ』

 TS先生は彼の顔を見るとすぐに声をかけてくださったとのことです。
『涙が出るほどうれしかったよ』

 彼はすぐに私に電話をくれましたが、その声は涙声でした。この経験がよほど心に残ったのでしょう。
『職場に戻ったら結果を聞きに来た患者さんには1分でも1秒でも早く結果を伝えてあげよう。ドアを開けて椅子に座る前に〈大丈夫でしたよ〉と言ってあげよう』

 そう言っていました。10月14日に手術することが決まりました」

■周囲や医療者は患者の思いを聞いてほしい

 転移があるかないか、検査の結果が出るまでの不安は本人にしか分からない大変なことです。家族には気丈に振る舞って平気な表情を見せていても、結果が出るまで待つしかないことだとは分かっていても、心の中は不安でいっぱいです。家族の方も、結果が出るまでどう付き合えばいいのか困ってしまうことも多いのです。そして私たち医師も、その結果によってその後の治療の説明をすることになりますが、「検査の結果を待つしかない」ということです。

 患者はがんと診断されただけでもショックなのに、たとえそれを受け入れても、早期なのか、手術で取りきれるのか、転移はあるのか……ずっと不安が募ります。

 転移はなかった。良かった。手術することが決まった。それでも、今度は手術を受けるまで待っている期間の心配もあります。

 東北のある町で開業されている医師は、こんな経験をされています。定期健診で右肺に1センチ程度の影が見つかり、それから2年ほど同じ大きさだったものが、1・3センチと少し大きくなったため、大学病院を紹介されて切除することになりました。ところが、2カ月待っても手術の日が決まりません。

 共通の友人を通して、その医師から東京にいる私のところに問い合わせがありました。

「そちらの病院は、どのくらいの待ちですか? 早く手術してもらえるなら、そちらに行きたい」 たとえ医師でも、やっぱり心配なのです。がんが急に進むことはないと分かっていても、「待つ身」は落ち着かない。本人しか分からない不安な日々なのです。

 不安はひとりで我慢しているよりも、誰かに打ち明けたり、聞いてもらうことで少しは気持ちが楽になります。周囲の人や医療者は患者の心を思いやり、その不安な思いを聞いてあげてほしいのです。時が解決することなのですが、それでも患者の心の声を聞いてあげていただきたい。患者にとっては、これまでの人生で味わったことのない大きな不安なのです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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