痛みや恐怖感を減らす VRで“気をそらす治療”の凄い効果

今はゲーム主体だが…
今はゲーム主体だが…(C)日刊ゲンダイ

 最近、話題になっているVR(バーチャルリアリティー)。仮想現実と訳され、娯楽のひとつとして定着しつつある。とくにスマホと組み合わせて使うVRゴーグルやVRヘッドセットは人気のアイテムで、今年のクリスマス商戦の目玉のひとつだった。実はこのVRがいま、医療の現場で使われようとしているのをご存じだろうか? 音や映像に熱中してその世界に浸ってしまうことで患者の気をそらせ、治療の痛みや恐怖を克服しようというわけだ。弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。

「医療従事者向けの学習ツールとして使われている手術シミュレーションなどVRを応用できる医学分野はさまざまですが、最近とくに注目されているのが痛みの治療です。鎮痛剤や医療用麻薬など痛みを抑える薬はたくさんありますが、長期間使用するとだんだん効かなくなる、依存性が出る、副作用が出るなどさまざまな問題が起こります。そこで期待されているのがVRディストラクション(気をそらせること)による治療です」

 痛みが出たとき、患者の意識を痛みから別の対象にそらすと、痛みが軽減する。人は限られた数の刺激にしか反応できないからだ。物がぶつかったときに人がその場所に手を当てて痛みから逃れようとするのはこのためで、それが「手当て」の語源にもなっている。

 この理論を応用して、痛みの強い患者に対して医師は絵や音楽、マッサージや瞑想などを勧めてきた。最近ではテレビゲームでの効果が報告され注目されていたが、それを上回る結果をVRが出しているという。

「海外の報告では、片足に重度のやけどを負い、医療用ホチキスが必要な16歳の少年は、テレビゲームで気をそらしたときは治療時間の96%を痛みについて考えたと答えたそうです。ところが、VRでは2%しか痛みについて考えなかったというのです」

 この方法が凄いのは、一度VRによる効果を実感すると脳がそのことを記憶して、VRを見ていなくてもある程度痛みを抑えることができる点だ。

「日本ではがんの緩和ケアなど限定的にしか使われていない『オピオイド系鎮痛剤(医療用麻薬)』ですが、米国では乱用による依存症が深刻で、現在200万人以上の患者がいて年間6万人が過剰摂取で亡くなっているともいわれています。だからこそ、このVRディストラクションによる治療が期待されていて、日本でもその効果に注目が集まっているのです」

■リハビリにも応用できる

 VRディストラクションによる実用化がとくに期待されているのはリハビリテーションだ。

「VRは脳をどう変えるか?」(文芸春秋)という本のなかで、やけどで入院中の子供の患者54人を対象にVRを使いながらのリハビリと、そうでない通常のリハビリをやってもらい、痛みの程度を比べた海外での実験が紹介されている。結果はVR使用の方が痛みは27~44%低下し、VRでのリハビリの方が楽しかったと答えたという。

「日本でも脳梗塞で後遺症が残った患者さんなどを対象にVRによるリハビリを施す研究・開発が行われています。患者さんがリハビリの痛みを忘れ、ゲーム感覚でより楽しくリハビリができるというわけです」

 例えば、あるソフトは上から落ちてくる物を腕を伸ばしてキャッチすることで体幹を鍛えてくれる。それとともに、物と患者の体の距離感覚を養うことができる。

「理学療法士の言う“あと30センチ腕を伸ばして”という感覚が患者さんと同じとは限らず、そのためにリハビリがうまくいかないケースもあるようです。その点でもVRリハビリは優れているといわれています」

 VR治療のソフトはさまざまなバリエーションがあり、VRのなかで患者は畑にいて、そこで他の人から野菜を投げられ、キャッチしようとして手を伸ばす動作を自然と行うといったものも企業で開発されている。

 歯科分野でもVR医療の期待が高まっている。注目されているのは歯の治療を嫌がる幼い子供たちへの応用だ。ぐずったり、怖がったりして診察台でおとなしくしてくれない子供たちの気をそらし、治療を受けてもらう。そのために、治療前からVRゴーグルを装着させる試みなどが行われているという。

関連記事