一般男性より4歳長生き「僧侶の食生活」が注目されるワケ

東日本大震災の犠牲者を悼み、念仏を唱えながら練り歩く僧侶
東日本大震災の犠牲者を悼み、念仏を唱えながら練り歩く僧侶(C)共同通信社

 長寿を楽しみ、苦しまず眠るように死にたい──。そんな願いをかなえたければ病気にならないよう、食生活を改めることだ。何をどう食べるかで体は良い方にも悪い方にも変わるからだ。ではどのように改めればいいのか? 「日本人の病気と食の歴史」(ベスト新書)の著者で予防医学を専門としている奥田昌子医師が注目しているのは、僧侶の食事だ。

「日本人が長寿世界一となったのは1980年代前半です。その後もトップレベルを維持し、医療や介護に頼らずに自立した生活を送れる期間を示す健康寿命も世界保健機関(WHO)が2018年に公開したデータでは世界第2位。その原動力のひとつが日本人の食事です。今後も長寿大国の座は安泰のように思う人もいるかもしれませんが、私は違います。動物性食品を取り過ぎていると思うからです」

 日本人は仏教の影響もあって古代より肉食を避け、魚以外の動物性食品をあまり取らずに生活してきた。ところが、戦後米国の援助で学校給食に牛乳や乳製品を提供されるようになったことから、伝統的な和食の西洋化に拍車がかかり、欧米型の病気が増えてきた。

「人が摂取できるカロリー量には限界があります。肉や牛乳・乳製品を多く食べるようになったぶん、食物繊維やビタミン・ミネラルなどが豊富な米や野菜、キノコ、海藻などの摂取が抑えられ、日本人の栄養のバランスが崩れたのです。その結果、体内でのコレステロールの合成が進み動脈硬化による脳梗塞や肥満による糖尿病、大腸がん、乳がんが増えたのです」

 そもそも幕末以降に日本に入ってきた西洋料理は誕生から200年程度の若い料理。1000年以上かけて練り上げてきた和食に慣れた日本人の体質に合うとは思えない。

「にもかかわらず、いまでもアメリカとの力関係により、肉を輸入し続けている日本では『健康に良いから肉を食べなさい』というキャンペーンが盛んです。しかし、いまほど動物性食品を取っていなかった80年代に世界一の長寿となったのですから、日本人はこれ以上動物性食品を増やす必要はありません」

 その正しさは現代の僧侶が証明しているようだ。

「僧侶は皆、長生きです。昭和元年から昭和54年までで職業別の平均寿命を調べた文献によると、最も長生きだったのは宗教家でした。これとは別に、古いお寺に残された住職149人の75歳時点での平均余命と、それぞれの時代の男性の平均余命を比較した調査があります。75歳以上生きた僧に絞ったのは、子供の死亡率が平均寿命に及ぼす影響を排除するためです。すると、僧の余命の方が一般男性よりも平均4・2年も長かったのです」

 僧侶は動物性食品を取らなくても元気だ。

「鎌倉時代の戒律そのままの暮らしを守り続けている禅宗の大寺院に協力してもらい、現代の僧の食生活を調べ、血液検査を行った報告があります。それによると、調理器具こそ電化製品を使っていますが、食材はすべて植物性食品で、肉、魚、卵、牛乳などの動物性食品は一切口にしません。代わりにお米をたくさん食べます。ご飯は17種類、おかゆは20種類ものバリエーションがあり、おかずはキノコや海藻を大量に使っています。キノコ類は1日平均1・2回、多い日は5回、海藻類は1日平均1・8回、多い日は6回食べていました」

■良く死ぬヒントにも

 正式な食事は1日2回。夕方以降に麺やお餅などの軽食を食べるのは今風だが、僧のカロリーの総摂取量は修行期を除くと約2070キロカロリー。同世代の一般男性の約2330キロカロリーと大きくは変わらない。ただし、僧のタンパク質摂取量は一般男性の65%、脂質は36%と少なく、逆に炭水化物は23%、食物繊維は2倍多かった。

「にもかかわらず、血液中のタンパクもカルシウムもその量は一般男性と変わりませんでした。血糖値は逆に5㎎/デシリットル低かったのです」

 むろん、禅寺には食生活以外にも厳しい戒律がある。禁酒、禁煙、規則正しい生活、座禅や読経など一般とは異なる生活が求められる。それが血液データに影響した部分はあるだろう。しかし、それを割り引いても今の日本人がこれ以上動物性食品を多く取る必然性はないはずだ。

 とはいえ、「後は死ぬだけだからいまさら養生なんて……。好きなものを好きなだけ食べて何が悪い」と開き直る中高年もいるだろう。しかし、織田信長や毛利元就らに信頼された、僧侶で医師の曲直瀬道三は同じような問いに「良く死ぬためである。天寿をまっとうし、生を完成するためには養生が必要」と答えている。

 実際、数百人をみとった医師に聞くと、病気で亡くなる人は最後まで生きる戦いをするために体は点滴で水ぶくれしており、死に顔も苦悶の表情を浮かべる人が多いという。

 しかし、最後まで健康で自然死する人は徐々にやせるため遺体もきれいで、眠るように亡くなるため表情も穏やかだ。

 より良く生きて、死ぬためには個々人にあったより良い和食を探ることだ。あなたも考えてみたら?

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