緊急企画 新型コロナを正しく恐れる

なぜ米はグランド・プリンセスの乗客を早期下船させるのか

数理モデルではクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者は9分の1に抑えられた
数理モデルではクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者は9分の1に抑えられた(C)日刊ゲンダイ

 横浜沖で停泊し、約700人の新型コロナウイルス感染者を出したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。その姉妹船である「グランド・プリンセス」でも21人の感染者が明らかになり、日米の対応の違いが注目されている。

 日本は当初、乗員乗客を下船させず、船内で隔離した。一方、米国は船をオークランドに入港させ、2000人以上の乗客全員を検査したうえで下船、米国内の検疫施設に隔離した。治療が必要な乗客はカリフォルニア州内の医療機関に搬送され、残った1000人の乗員と船は別の場所へ移動し、2週間の検疫を行うという。

 ダイヤモンド・プリンセス号に対する日本政府の対応には「隔離は失敗」などと批判が相次いだ。船内隔離で世界中に感染者をばらまくことを防いだと評価した世界保健機関(WHO)は特殊な存在で、感染者を増やしたとの声が上がった。今回の早期下船はそうした批判を見越しての決定だろうが、その裏で早期下船の方が感染拡大を抑えられるとの統計的な推測があったと考えられる。

■早期下船で多くの感染を回避できた?

 スウェーデンの研究チームが、ダイヤモンド・プリンセス号における新型コロナウイルス感染症への対応に関して、感染症数理モデル検討した結果を、旅行医学と移民の健康などを扱う「Journal of Travel Medicine」(2020年2月28日オンライン版)に投稿した。それによると、まったく介入しなかった場合と比べ、船内で乗員乗客を隔離したことで2000人超の感染を避けられたものの、早期に全員を下船させていればさらに多くの感染を回避できた可能性があったという。

 ダイヤモンド・プリンセス号では、香港で下船した乗客が新型コロナウイルス陽性と判明したため、日本政府は2月3日に横浜港に入港した同船に対し、乗員乗客の下船を許可しなかった。船は2月19日まで検疫下に置かれ、陽性者は下船させ日本国内の病院に搬送、陰性者は船内での隔離という措置が講じられた。2月20日に検疫が終了し下船が許可された時点で、新型コロナウイルス陽性者は乗員乗客合わせて619人(17%)だった。

 研究チームは、感染症流行予測の数理モデルのひとつ「SEIRモデル」を用いて、クルーズ船における新型コロナ感染症の基本再生産数(R0)を算出した。R0とは1人の患者が何人の人に病気をうつすかを示す数値だ。その結果、検疫・隔離を開始する前の船内のR0は14.8で、武漢市(3.7)の4倍に達していた。検疫・隔離の開始後は、1.788まで低下した。

 こうした数値を基に、1月21日~2月19日の期間中にまったく検疫・隔離を行わなかった場合の感染者数を算出したところ、2920人(79%)とはじき出された。つまり、検疫・隔離により約2300人の感染が回避されたことになる。

■感染者70人にとどまった可能性も

 一方、横浜港に入港した2月3日時点で全員を下船させた場合の潜伏期の感染者数は76人で、横浜港到着直後に全員を下船させた上で陽性者および感染の可能性がある者に対処していれば、計算上の感染者は約70人にとどまり、検疫の末に発生した感染者数600人超を大幅に下回ったとしている。

 北品川藤クリニックの石原藤樹院長が言う。

「ダイヤモンド・プリンセス号の検疫のありかたについては、後から見ればいろいろと問題のあったことは事実ですが、早期の隔離により感染が食い止められたことも今回確認されています。グランド・プリンセス号ではその分析を基にして、より良い方法として早期の下船と、乗客と乗員を分けての隔離、という方針が決められたのだと思います。この方法が計算通りの効果をもたらすかどうかは、今後慎重に見極める必要があると思います」