上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

「外科手術」と「カテーテル治療」にはこれだけの違いがある

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患の治療は、大きく分けて循環器内科が行う「カテーテル治療」と、心臓血管外科が行う「外科手術」があります。

 カテーテル治療は、バルーンの付いたカテーテルを手首や足の付け根の動脈から挿入し、バルーンを膨らませることで詰まった冠動脈を拡張して血流を改善する治療法です。再狭窄を防ぐために、広げた血管の中に網状になったステント(金属製の筒)を入れる「ステント留置療法」が一般的に行われています。

 外科手術は「冠動脈バイパス手術」が主流です。冠動脈が狭くなったり詰まることで血行不良=虚血に陥っている心筋の血行を回復させるため、他部位の血管(グラフト)を使ってバイパス=迂回路をつくります。

 それにより、狭窄している血管を通らなくても十分な血流を確保できるようになります。

 それぞれの患者さんにとってどちらの治療が最適なのかは、病状や身体状態などにより、ガイドラインに沿って判断されます。ただ、患者さんはまず循環器内科で検査を受けて診断や治療が行われ、手術が必要かどうかの判断は内科医が下す場合がほとんどです。近年はカテーテル治療も進歩しているので、内科的治療が選ばれるケースが増えています。

 そんな状況の中、昨年11月に開かれた「アメリカ心臓協会学術集会」(AHA2019)で、こんな報告がありました。

 安定虚血性心疾患(安定狭心症)に対する侵襲的治療(主に冠動脈カテーテル治療)と至適薬物療法の有効性を比較した研究で、有意な差は認められなかったといいます。至適薬物療法というのは、心臓疾患のリスク因子である高血圧、脂質異常症、糖尿病がある場合は、そちらの治療や生活習慣の改善で管理を徹底するものです。つまり、カテーテル治療と生活習慣の改善を含めた薬物治療では、安定狭心症の患者さんの予後に大きな違いはないという結果でした。これまで他の試験でも同様の報告が相次いでいましたが、今回あらためて補強された形です。

■生涯でかかる医療費にも差が出る

 今回の研究では、侵襲的治療に冠動脈バイパス手術も含まれていましたが、多くはカテーテル治療でした。もともと、虚血性心疾患に対する冠動脈バイパス手術とカテーテル治療の比較については、こんな議論がありました。手術は症状(動悸、息切れ、胸痛など)を改善し、生存率も健常者と近いレベルまで引き上げられる。かたやカテーテル治療は症状は改善するが、生存率を手術と同じところまでは持ってこられない――というものです。

 虚血性心疾患は、動脈硬化が進んで起こるケースが大勢を占めています。冠動脈バイパス手術は、血液が動脈硬化で狭窄している血管を通らなくて済むように迂回路をつくるので、心臓はトラブルがある血管の血流に左右されることがなくなります。一方、カテーテル治療の場合、多くは石灰化で硬くなった血管や、動脈硬化で壁が崩れそうになって狭窄している血管を広げて血行を再建するので、心臓はトラブルがあった血管の血流に依存します。血流が改善されたままの状態であれば問題はありませんが、動脈硬化そのものを治しているわけではないので、再び同じところで同じトラブルが起こる可能性があるのです。

 また、生涯でかかる医療費にも差が出てきます。冠動脈バイパス手術はいったん機能が回復すれば、その後はとくに薬を飲む必要はありません。しかしカテーテル治療は、血管内にステントを留置した箇所で血栓ができないようにするため、血液をサラサラにする抗血小板薬を複数、長期間にわたって飲み続けなければなりません。抗血小板薬は高額なため、その分だけ多く医療費がかかります。一時的な負担は手術より少なくても、生涯にわたる薬の費用、さらにはそれを義務的に飲み続けなければならないという精神的圧力がかさめば、むしろ負担は大きくなってしまうのです。

 今回のような比較研究では、さらに「サブ解析」と呼ばれる分析が行われます。たとえば糖尿病がある人で、カテーテル治療を複数の血管で行った場合、他の治療法と比較してどのような結果になったのか……といった研究です。こうした解析によって、糖尿病に加えて高血圧があり、カテーテル治療を2回以上受けている人は再発する可能性が高く、薬物療法だけの人と寿命は変わらないといった傾向が数値で示されるので、より患者さんにとって意味がある研究といえます。

 虚血性心疾患の治療を受ける際は、いまの自分にとって最適な治療法はどれなのかをきちんと判断する必要があります。疑問や不安があれば、セカンドオピニオンを受けるのがおすすめです。

天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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