Dr.中川 がんサバイバーの知恵

難治性のスキルス性胃がんに分子標的薬が有効な可能性も

逸見政孝さんの告白会見は世間を驚かせた
逸見政孝さんの告白会見は世間を驚かせた(C)共同通信社

 今年2月、現役時代も引退後もヤクルト一筋で活躍した安田猛さんの命を奪ったのは、スキルス性胃がんでした。享年73。2017年にステージ4と診断されたときは、「余命1年」といわれたそうですが、現役時代さながらに難治がんにも負けず治療に取り組み、人生をまっとうされたのだと思います。

 そのスキルス性胃がんを巡り、国立がん研究センターなどの研究チームは、特徴的な遺伝子異常を複数特定。既存の分子標的薬が有効とみられ、新たな治療法の開発につながる可能性が報告されています。

 その可能性は後述するとして、スキルス性胃がんはなぜ難治性なのか。一つには、発見の難しさがあります。通常の胃がんは粘膜の表面に潰瘍や腫瘤ができますが、スキルス性胃がんは粘膜の下にしみ込んでいくように進行するのが特徴です。通常の胃がんは内視鏡検査で見つけやすくても、スキルス性は早期には発見しにくい。腹膜にがんが進行して直腸や尿管などに転移して見つかることが多いのです。

 国立がん研究センターのチームも、腹膜播種による腹水から採取したがん細胞などの全遺伝情報を調べています。その結果、細胞増殖に関係する7つの遺伝子の異常が半数ほどで見つかり、4遺伝子について分子標的薬が有効とみられているのです。

 腹膜播種を抑える治療法として、抗がん剤を腹部に直接注入する腹腔内化学療法が期待されています。東大病院では昨年7月からスキルス性胃がんへの効果を確認するための治験をスタート。今後、国立がん研究センターらの研究チームの成果を加味すると、分子標的薬の腹腔内投与も検討されると思います。

 スキルス性胃がんは、転移のない、手術ができる段階で見つかっても5年生存率は15%ほど。通常の胃がんはステージ1なら9割を超えるため、その差は歴然です。スキルス性は、手術できるケースでも腹膜に転移しやすい特徴があり、腹膜播種を強力に抑えることはとても重要なのです。

 通常の胃がんは、ピロリ菌の感染や喫煙の影響を受け、50代から増加。80代が発症のピークになります。スキルス性は若い方や女性も珍しくありません。1993年、がん告白会見で世間を驚かせた逸見政孝さんは48歳で生涯を閉じました。

 若い方のがんは高齢者以上に職場や家庭への影響が大きく、今回の発見の意義は計り知れません。今後、スキルス性胃がんの治癒につながることが期待されます。

中川恵一

中川恵一

1960年生まれ。東大大学病院 医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。すべてのがんの診断と治療に精通するエキスパート。がん対策推進協議会委員も務めるほか、子供向けのがん教育にも力を入れる。「がんのひみつ」「切らずに治すがん治療」など著書多数。

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