人間は脳さえあれば少なくとも数百年以上は普通に生きられる──。ある脳科学者がこんなことを話していました。
たしかに、「体のほかの細胞とは違って脳は老化しない」という説を唱えている学者もいます。これが本当だとすると、脳の健康を維持するだけで、臓器をはじめとした体のほかのパーツを人工的なものに置き換えていけば、人間は“不老不死”に近い存在になれるということです。なんだかSF小説のようなお話ですが、それくらい、テクノロジーは急速に進化しています。
脳の寿命を数百年以上にわたって維持する方法は置いておくとして、臓器を人工的なものに置き換えた場合、どれくらい耐久性があるのでしょうか。私の専門である心臓や血管で考えてみました。
まず、冠動脈バイパス手術など太い血管の置換に使われている「人工血管」は、現在は60年近く変性を来さないようになっています。かつては耐久年数が30~40年といわれていたので、2倍くらい延びているのです。
人工血管は、ダクロン、ニット、ゴアテックスなどの合成繊維でつくられています。ある程度の柔軟性があって形を変えやすく、時間の経過により変性を来して太くなったり、いびつな形状にならないといった特徴を持つ素材でなければなりません。そうした素材が進歩したこともありますが、それ以上に「編み方」が進化しています。より生体に馴染みやすく、血液が漏れにくくなっているうえ、人工血管の内部で血液が固まったときでも、外側に近いところだけが固まって、中心部分までは固まらず、血流が維持されるような編み方の工夫が施されているのです。
いまの人工血管は50~60センチで12万~13万円と高価になりましたが、その分、生体適合性が高く、トラブルを起こしにくいため、再手術のリスクが減ったといえるでしょう。
■生体弁はかつての2倍に
心臓手術で使われる人工物には、ほかに「心臓弁」があります。大動脈弁狭窄症や僧帽弁狭窄症などの心臓弁膜症の患者さんに対し、傷んで機能しなくなった弁を、人工弁に交換する弁置換術が行われます。
人工弁には機械弁と生体弁の2種類があります。機械弁はチタンやカーボンなどの素材でつくられたもので、200年近い耐久性があるといわれています。ただ、どうしても血栓ができやすいため、血液をサラサラにする抗凝固薬を生涯にわたって服用しなければなりません。
一方の生体弁はウシやブタなどの心臓弁を加工してつくられたものです。生体由来なので血栓ができにくく、抗凝固薬の服用は短期間で済みます。ただ、機械弁に比べて劣化しやすいため、とくに若い患者さんでは15年以内の再手術が必要になるケースが少なくありません。
ただ、この生体弁も近年は耐久性が向上しています。かつては耐用年数は7~8年といわれていましたが、いまは平均で15年程度になりました。これも2倍以上延びています。
素材の加工法が進歩したこともありますが、造形技術が発達した点が大きいといえます。近年、さまざまな画像診断機器の進歩によって、心臓内でどのように血液が流れているのか、自然な血流がどのようなものなのかといったことが詳細にわかるようになりました。そうしたシミュレーションを繰り返しながら、生体弁の構造をより自然な血流に合わせたものにアップデートしたのです。
生体弁が本来の血流を妨げるような場合、生体弁のある一定の部分に負担がかかって、その分、耐久性が落ちてしまいます。いまの生体弁はそうした負担がなるべくかからないような構造でつくられているのです。今後、さらに進化して、耐久性がアップして、20年近くもつようになれば再手術が必要になる患者さんも減っていくでしょう。
ほかに「ペースメーカー」も寿命が延びています。脈が遅くなったときに作動して心筋に電気刺激を送り、心臓が正常に収縮するようにサポートする装置で、慢性的に脈が遅くなる徐脈の患者さんに対して埋め込み手術が行われます。
ペースメーカーはリチウム電池で電気刺激を送っているため、どうしても電池切れに合わせて交換しなければなりません。ただ、かつては3~5年だった電池の寿命が、いまは10~13年ほどに延びています。
今後、ペースメーカーにチップを内蔵してクラウド化し、外から常に流される電波を利用して稼働させたり、人体に流れている生体電流を利用して、電池を必要としないペースメーカーが開発されることも考えられます。そうなれば、耐用年数はさらに延びるでしょう。
脳だけを生かした状態で心臓や血管を人工物に置き換え、生き続けるのはまだまだ現実的ではありませんが、テクノロジーの進歩により人工臓器や装置の寿命が急速に長くなっているのは確かです。さらに、高齢になっても運動の種類によってプログラムを変えて対応するような便利な機能も開発されるかもしれません。
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