1人暮らしの高齢男性は「口の中の健康」を悪化させやすい…手遅れになるケースも

口腔内のトラブルは全身疾患につながる
口腔内のトラブルは全身疾患につながる

 歯周病や虫歯などの口腔内トラブルは、がん、心臓病、糖尿病、認知症といった全身の疾患につながる──。そんな研究結果が一般に広く浸透してきたこともあり、歯科医院を訪れる75歳以上の高齢者が増えている。健康長寿のために口腔ケアに取り組むのはもちろん重要だが、中には“手遅れ”なくらい状態が悪い人もいるという。とりわけ、1人暮らしの高齢男性は注意が必要だ。斉藤歯科医院の根岸亮三氏に聞いた。

 斉藤歯科医院では、75歳以上の高齢者が1日平均で15人ほど来院する。そのほとんどが定期的に通院して歯石除去や歯のクリーニングといった口腔内のメンテナンスを行っている患者で大きな問題は見られない。しかし、75歳以降で治療を始めようとする患者の場合、深刻な状態に悪化しているケースが多いという。

「テレビで口腔内トラブルが全身の病気と関係していると目にしたことがきっかけで来院された76歳の男性がいらっしゃいました。奥歯がほとんど抜けている状態で、食事は前歯や歯茎で噛んでいたものの、前歯もグラグラしてきてしまってどうにもならないから何とかしてほしいとのことでした。しかし、ここまで状態が悪いと、自分の歯を残す治療をするには手遅れです。何本もインプラントを埋め込む手術は侵襲度が高いため持病などがあると実施が難しいケースも多いですし、残っている歯をすべて抜いて総入れ歯にするしか手はありません」

 このような手遅れの状態まで悪化している患者は1人暮らしの高齢男性に多いという。

「奥さんに先立たれたり、ずっと独身だったりと事情はさまざまですが、1人暮らしの高齢男性は、生活習慣が乱れているケースが目立ちます。自炊する人が少なく、毎日、外食やコンビニ食で食生活が偏り、菓子パンだけで済ませる機会が多かったり、野菜はほとんど食べずに肉や炭水化物ばかりで、ビタミン、ミネラル、食物繊維などが不足し、歯周病が促進されてしまうのです。また、家族の“目”がないために、歯磨きなどの日々の口腔内ケアが面倒になって、おろそかになるケースも少なくありません」

■「客観的な評価」と「周囲の目」が大切

 一方、高齢でも妻や子供と同居している人は、「客観的な評価」で自分の口腔内の状態を把握できる。たとえば、一緒に食事をしているときに食べるスピードが遅くなっているとか、硬いものを避けるようになったと指摘されれば、「歯が悪いのが原因だからきちんと治療しよう」という意識になる。家族から、口臭がひどくなったと言われて、歯周病を疑い歯科医院に足を運ぶケースもあるという。

 また、1人暮らしの高齢男性は外にコミュニティーがなく、定年退職後は自宅にこもりがちになる場合が多い。逆に外で仕事を続けていたり、友人や知人と交流があって外出する機会が多い人は、手遅れになるまで口腔内トラブルを放置するケースは少ないという。家族と同じように周りの人たちからの「客観的な評価」によって自覚できるうえ、「周囲の目」も意識するからだ。

「以前、前歯が2本抜けてしまっていた80歳の男性が、前歯をきれいに治してほしいと来院されました。それまで通っていた歯科医院では積極的な治療はせず現状維持を勧められていたものの、やはり治療したいとのことでした。その男性は1人暮らしでしたが、友人たちと定期的にマージャンを楽しんでいて、その際に食事がしにくかったり、見た目が気になっていたといいます。そこで、残っている両脇の歯を支えにして一体型のかぶせ物を装着するブリッジを入れる治療を実施したところ、満足して喜んでいただけました。『客観的な評価』と『周囲の目』は、口腔内の健康を維持するうえでそれくらい大切なのです」

 斉藤歯科医院では、高齢の患者が初めて来院した場合、必ず詳細な問診=スクリーニングを実施するという。家族構成、同居か独居か、友人の有無、定期的に外出する機会はあるか、食事の頻度や傾向などについて、しっかり確認する。治療後もきちんと口腔内の健康を維持できるかどうか、それらが重要な要素になるからだ。

「口腔内トラブルの“手遅れ”を防ぎ、健康寿命を延ばすためには、自分の足で歯科医院に通えるうちにトラブルはすべて治療し、75歳以上になったらメンテナンスに通うだけで問題ない状態にしておくことが大切です。とりわけ1人暮らしの男性は、日頃から口腔内の状態を意識して、不具合があればしっかり治しておきましょう」

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