上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

心筋梗塞の発症後に「痛み」があると死亡リスク増…海外調査を考える

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 心筋梗塞を発症してから1年後、胸痛を含む「痛み」がある人は死亡リスクが上昇する──。今年8月、米国心臓協会雑誌でこんな研究結果が報告されました。

 スウェーデンの心疾患データベースで、2004年から13年の間に心筋梗塞を起こした75歳未満の患者1万8376人のデータを分析したところ、患者の40%以上が退院から12カ月後の追跡調査時に「中等度の痛み」または「非常に強い痛み」があると回答。中等度の痛みがあった患者は、痛みのない患者と比較して、その後、最長8.5年間の全死亡リスクが35%高いことが分かりました。さらに、非常に強い痛みのある患者では、同じく死亡リスクが2倍以上だったそうです。

 研究者は「心筋梗塞後は、将来の死亡の重要なリスク因子として痛みの有無を評価し、認識することが重要」と述べています。

 心筋梗塞を発症して入院した後、痛みがあれば長期的にも予後が悪いということですが、これは当たり前といえば当たり前の結果といえます。たとえば、心筋梗塞を起こした患者がカテーテルによるステント治療、もしくは冠動脈バイパス手術を受けたとします。いずれも血栓で詰まってしまった冠動脈の血行を再建させる治療で、血流が再開すれば病気が原因の胸痛などの痛みは改善していきます。つまり、痛みがあるということは、治療がうまくいかなかった証明でもあるのです。その場合、病気が再発したり、予後が悪くなるのは当然といえるでしょう。

 日本では、カテーテルでも手術でも、治療後は心臓超音波検査やカテーテル検査などで完成度をしっかり確認します。たとえば冠動脈バイパス手術で血管5本の血行を再建し、治療後の確認でそのうち2本の血流が悪く、3本がきちんと流れていることが分かった場合、その3本が病状改善のために大事な3本なのか、それほど関係ない3本なのかを見極めることができます。

 大動脈の根元から心臓の左側に出ている左前下行枝は、1本で心臓のおよそ半分に血流を送っている重要な血管です。その左前下行枝を含む3本が開存していれば予後は良好です。逆に左前下行枝の血行再建がうまくいっていなければ予後は悪くなり、胸痛などの痛みも現れます。

 そうした治療後の状態を画像で確認したうえで、必要に応じて投薬や追加治療を行うのです。

■欧米では“やりっぱなし”が多い

 しかし、米国や欧州などの海外では、ステント治療でも冠動脈バイパス手術でも、一度実施したら“やりっぱなし”というケースがほとんどです。中には、追加治療が必要な患者さんも少なくないと考えられます。そうした患者さんを含めて調査すれば、1年後に痛みがあったり、死亡リスクが高くなるのは当然といえます。

 また、日本に比べて米国は肥満やメタボリックシンドロームの人が非常に多く、調査の舞台となったスウェーデンも近年は肥満人口の増大が深刻な社会問題になっています。

 海外の研究では、メタボの人が心臓のカテーテル治療を受けた場合、6割近くの人が再治療になるというデータが報告されています。このように本来なら再治療が必要な患者さんたちの多くが“野放し”になっているわけですから、1年後の調査で痛みがあると回答する可能性は高いといえますし、いわゆる「心事故」と呼ばれる心臓死のリスクがアップしているとも推測できます。

「心筋梗塞発症後に痛みがあると長期予後が悪い」という結果に対する理由はほかにも考えられます。近年のカテーテル治療では、血管内に留置する金属製のステントに薬剤を塗った薬剤溶出性ステントが使われています。このタイプのステントに対してアレルギーのような反応が生じ、治療前とは違う痛みを治療後に訴える患者さんが増えているのです。

 さらに、薬の使い方が原因になっている可能性もあります。欧米では心筋梗塞の治療後、動脈硬化を抑制するためにLDLコレステロールを低下させるスタチンという薬を大量に使うケースが多く見られます。スタチンには筋肉痛や筋肉のこわばりといった副作用があって、痛みを訴える人も少なからずいるのです。そうした人は痛みをコントロールするために服薬を中止したり、減薬して対処しがちです。すると、結果的に動脈硬化の抑制効果も望めなくなり、予後の悪化につながります。

 もともと、冠動脈の血行再建を実施した場合、症状が半年以内に再発した人、または治療後1年以内に同じ病気で再入院した人というのは、予後が良くないという論文報告があります。再治療を繰り返したり、遠隔期に心筋梗塞や脳卒中などの心事故が起きる頻度が高いのです。

 そのため日本の医師はカテーテルでも手術でも、半年後、1年後にしっかり経過を見て、治療後の患者さんの状態が問題ないかどうかを客観的に確認します。そうした手順がきちんとできている医療機関であれば、もしも治療後に痛みが生じても適切な処置が行われるので、過剰に心配する必要はありません。

 今回の研究報告は、海外にはそうした手順が十分にできていない施設が多いことの表れともいえそうです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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