高齢者の正しいクスリとの付き合い方

クスリは体に「吸収」されるだけでは効果は発揮できない

高齢者に対する薬物療法は特殊性を考慮する必要がある
高齢者に対する薬物療法は特殊性を考慮する必要がある(C)PIXTA

 今回から、体に入ったクスリがどのような動きをしているかについてお話しします。

 体内におけるクスリの動きを専門用語で「薬物動態」といい、われわれ薬剤師がクスリを取り扱う際には常に薬物動態のことも考えています。薬物動態は、「吸収」(Absorption)、「分布」(Distribution)、「代謝」(Metabolism)、「消失」(Elimination)から成り立っていて、それぞれの頭文字をとって「ADME」とも言われています。

 高齢になるにつれ体の機能は低下していきますが、薬物動態も例外ではありません。そのため、高齢者に対する薬物療法は、そういった特殊性を考慮したうえで特に注意する必要があります。

 最初は「吸収」です。この過程は内服薬、外用薬、そして一部の注射薬に関係しています。直接静脈内に投与する注射薬にはこの過程は存在しません。今回はわかりやすいところで内服薬について紹介します。

 クスリを服用すると、食べ物や飲み物と同様に胃に入ります。そこで水分や消化液に触れることによりクスリが溶解します。クスリによっては胃ではなく小腸で溶解するように工夫されているものもありますが、いずれにしても吸収はまずクスリが溶解することから始まります。吸収はクスリの成分が消化管の粘膜を通過して血液内に移動することを意味しますが、そのためには錠剤や散剤といった固体ではなく液体である必要があるのです。

 多くのクスリは溶解したあと小腸で吸収されていきますが、吸収される部位はクスリの成分ごとに異なります。また、クスリの成分によっては油に溶けやすいものもあり、そうしたクスリは食事に含まれる脂質の量によって吸収の度合いが変わってしまう場合もあります。食事の内容によって吸収の度合いが変わるようなクスリは、その影響を避ける目的で「食前」に内服するようになっていることもあります。

 クスリの成分が血液内に吸収されると、次の過程である「分布」に移行します。クスリは吸収されるだけでは効果を発揮しません。吸収された後、血液に乗って成分が全身に分布したあとで効果を発揮するのです。時々、痛み止めのクスリを服用した直後に「楽になった」と言う人もいますが、それはほぼ気のせい(プラセボ効果)です。

 基本的にすべてのクスリの成分は血液を介して全身に分布しますが、体の中には分布しにくいところもあります。それは脳です。脳は生命維持にとって極めて重要な部分です。そのため、クスリなどの異物が簡単に脳に到達しないようにする関所のような場所があり、それを「血液脳関門」と言います。

 次回も薬物動態についてのお話を続けます。

東敬一朗

東敬一朗

1976年、愛知県生まれの三重県育ち。摂南大学卒。金沢大学大学院修了。薬学博士。日本リハビリテーション栄養学会理事。日本臨床栄養代謝学会代議員。栄養サポートチーム専門療法士、老年薬学指導薬剤師など、栄養や高齢者の薬物療法に関する専門資格を取得。

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