どうなる! 日本の医療

勤務医が危ない

「起きて!!」「分かりますか――」

 午後7時20分、埼玉県内の地域病院救急センター治療室で女性看護師の声が響きわたる。

 30分ほど前に救急搬送されてきた70代の男性患者に必死で呼びかけているのだ。男性患者は治療中の肝硬変が急変。病院に運び込まれたときには、肝硬変の患者特有のどす黒い顔色に変わり、意識はもうろうとしていた。

 この日の当直は循環器が専門の30代の男性医師2人と3人の看護師。医師のひとりが簡易検査した後にICU(集中治療室)に運び
込むよう指示。看護師2人が患者が横たわるストレッチャーをきしませながら移動させる。

 それから15分。今度は診察室が騒がしい。家族に付き添われて訪れた急患に、診察した医師が切迫した声を上げる。

「心筋梗塞症で間違いありません。すぐにカテーテル手術をします」

 午後8時すぎ、緊急手術のため救急治療室は一時的に緊急患者の搬入を中止した。

 その日は午後6時台から続々と急患が救急搬送されてきた。ボヤで煙を吸い込んだ患者、肝硬変患者、心筋梗塞の患者、高血圧患者。緊急手術後に再び患者の受け入れを再開、休む間もなく患者が送られてくる。

 午後11時半、遅めの夕飯で一息ついた当直医師に話を聞いた。

「年末年始などに比べるとここまでは、極めて急患は少ない方です。当直は夕方5時から午前9時まで。そのまま通常の診療・手術をこなし、入院している担当患者を巡回します。終わるのは明日の午後10時ぐらいです。その間の仮眠時間は2、3時間。今日は午前7時すぎに病院に入っていますので今回も40時間勤務になりそうです。食事は、手が空いた今ごろでコンビニ弁当。僕は早食いは得意で5分もあれば食べられます」

 60人前後の医師が勤務するこの病院の当直は診療科目に関係なく、すべて2人当番制、月に5回あるという。当直で対応できない急患は非番の専門医が駆けつけるオン・コールが月に8~10回ある。

「この時は病院にすぐに駆けつける決まりなので、休日でも旅行はもちろん、夜はお酒も飲まずに自宅待機です」

 厚労省が定める過重労働の恐れの高い過労死認定危険ラインは残業4時間含め週労働時間約60時間、月残業時間80時間、労働時間240時間。しかし、この医師の場合は5回の当直だけで200時間、残りの日々を通常8時間としても月労働時間は300時間を楽に超える。過重労働ではないか、との質問に笑う。

「不満に思うドクターもいますが、僕はそうは考えていません。オペで患者を救える喜びもあるし、自分の勉強にもなる。ただ、若いうちからこんなに働いて毎晩コンビニ弁当だと、いつまで持つのかとの不安はあります」

 この医師は単身赴任で、家族に会えるのは月に数回だという。

 話を聞いた後も急患が次々と運び込まれてくる。朝6時半、トイレで大量下血して担ぎ込まれてきた患者を含めてこの日の急患は8人を数えた。2人の医師は交代で1、2時間仮眠したとはいえ、ほとんど徹夜だった。

 しかも、その状態から、さらに夜9、10時まで通常勤務が待っている。

 医師の良心と善意によって支えられるいまの医療。それがいつまで続けられるのか? 日本の医療はいま崖っぷちに立たされている。

村吉健

村吉健

地方紙新聞社記者を経てフリーに転身。取材を通じて永田町・霞が関に厚い人脈を築く。当初は主に政治分野の取材が多かったが歴代厚労相取材などを経て、医療分野にも造詣を深める。医療では個々の病気治療法や病院取材も数多く執筆しているが、それ以上に今の現代日本の医療制度問題や医療システム内の問題点などにも鋭く切り込む。現在、夕刊紙、週刊誌、月刊誌などで活躍中。