がんと向き合い生きていく

抗がん剤治療は外来での実施が増えている

都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長
都立駒込病院の佐々木常雄名誉院長(C)日刊ゲンダイ

 会社員のYさん(38歳・男性)は、某がん拠点病院で「大腸がん」(S字状結腸がん)の手術を受けました。この時、すでに両肺に小さな転移を認めていたため、医師から「手術後に点滴による抗がん剤治療が必要」と告げられました。

 そして、手術の全身麻酔中に抗がん剤治療を目的とした「皮下埋め込み型ポート」を付ける処置も行われました。ポートとは、小さな円盤状の本体と太い静脈につなげた細い管(カテーテル)から構成される機器で、前胸部の皮下に埋め込み、体外から薬剤を投与するために使用します。

 Yさんは順調に回復し、手術から2週間後にはポートから抗がん剤の投与を開始。2種類の抗がん剤のほか、「5―FU」という薬剤を携帯用インフューザーポンプで46時間持続注入する治療も行われました。ムカムカする副作用が2日間ほどありましたが、抗がん剤治療終了後、無事に退院となりました。

 ただ、その後も2週間に1回のスケジュールで同じ治療を繰り返されることになり、Yさんは悩みました。

 Yさんは今の会社に再就職したばかりで、営業の責任者を任されています。月曜日から金曜日までは出勤することができないとなれば、会社を辞めるしかないと思い詰めていたのです。Yさんは難しいだろうと思いながらも、担当医に「土曜日の外来治療は無理でしょうか?」と尋ねてみました。すると、担当医は「土曜日は、私か当番の医師が出勤します。看護科と薬剤科にも大丈夫か聞いてみます。インフューザーポンプは、月曜日の朝、出勤の前に外せますね」と快諾。結局、土曜日の外来治療がOKとなったのです。

 そのおかげもあって、副作用でムカムカした感じは残っているものの、表面上はあたかも何事もなかったように月曜日から出勤できるようになりました。Yさんはその後も会社を休まずに元気に仕事を続け、5回の治療で両肺の影は消失。すでに抗がん剤治療を終了し、再発は見られていません。営業成績も良好だそうで、Yさんは「神様みたい。命の恩人」と、病院に感謝していました。

■仕事をしながら続けられるメリットも

 外来での抗がん剤治療が盛んになったのは15年ほど前からで、がん拠点病院はこぞって「外来通院治療センター」をつくりました。医療費削減、入院ベッド数の削減などの政策もあり、抗がん剤治療は外来治療へシフトしていったのです。

 また、包括診療報酬制度の病院では、1日の入院費用が病気の治療目的によって決まることもあります。もちろん入院でも抗がん剤治療は行われますが、そうした病院にとっては外来での抗がん剤治療が実施しやすいシステムとなったのです。

 もっとも、外来での点滴による抗がん剤治療は、Yさんのように良いことばかりではありません。がんが進行して体力を失っている人、高齢者、そして遠方から通院する人にとっては厳しい場合もあります。また、薬による副作用の違いにもよりますが、外来での抗がん剤治療後に帰宅してからの2~3日は大変つらい思いをされた方の話も聞くことがあります。

 時計店を営むWさん(68歳・男性)は、膵臓がんで手術ができないほど進行していました。ある病院の外来で「ゲムシタビン」という抗がん剤治療を「週1回、計3回で1週休み」というスケジュールで開始したのですが、治療前からわずかしか食事が取れず、1回投与しただけで中断となりました。そして、「治療は無理」と判断され、在宅での緩和ケアに切り替わったというのです。

 私はWさんの話を聞いて、ゲムシタビン治療が1回だけで終わったことをとても残念に思いました。しかし、体がもう治療できる状況ではなかったようでした。Wさんは「担当医は最初から諦めていたように思う。でも、自分のがんが悪いのだから……」とおっしゃっていました。

 患者の入院期間が短くなっている現状で、医師は外来でたくさんの患者の抗がん剤治療を担当することになっています。その分、医師やスタッフの負担が大きいという現実もあります。

 病院は「患者中心医療の実践」「患者の目線で」「化学療法を行いながらの早期からの緩和ケア」とうたっています。いろいろな話を聞くと、真にそうあって欲しいと思うこともあります。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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